読書

130706_リンゴは赤じゃない

教えていただいた本。
信念をもって教育にあたった方のことが書かれていた。

自分にはどこまで同じような信念があるのか、覚悟があるのかわからないけれど、こんな生き方にやっぱり憧れる。

『沈まぬ太陽』の恩地元かなぁ…。

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110415_真理

学校で僕らが学ぶもっとも重要なことは、「もっとっも重要なことは学校では学べない」という真理である。

『走ることについて語るときに僕の語ること』(村上春樹、文藝春秋)67ページから引用

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110404_コツコツと

春休みのような長期休業には、頭の中が休みモードになっているせいか娯楽読書が多くなる。最近読んだのは、
ゴールデンスランバー(伊坂幸太郎、新潮社)
動機(横山秀夫、文藝春秋)
の2冊。

前者は町の図書館で、後者はずっと前に古本屋の100円コーナーでそれぞれ見つけてきた。どちらも2日かからず読み終えた。(それだけ仕事をしていなかった)

たしか両方とも映像化されているんじゃなかったっけ?でも、これは活字でこそ読んでおきたいものだと感じる。「あれっ?この表現って前にも出てこなかったっけ?」とページを捲り戻すことが多々あったのだ。こんな至福の時間も昨日で終わり。今日は入学式前最後の勤務日。明日からは子どもたちと新しい日常を紡ぎ始める。

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110113_ヴィゴツキー「思考と言語」

頼んでいた「思考と言語」(ヴィゴツキー著 柴田義松訳、新読書社)が書店に入荷したとの連絡を受け、PTA理事会後の21:00過ぎに受け取りに行った。それくらい早く見たかったのだ。

風呂に入りながら序文、結び、解説を読む。気がついたら2時間も経っていた。

結びのさらに後にあるピアジェの理論が簡単にまとめられており、それでなんとなく内容がわかる。【ピアジェの考えに対するヴィゴツキーの論】というかなり雑ぱくなまとめ方ではあるが、自分のような怠惰な教育学部生活を送った者にはありがたい。ただし、あくまでもヴィゴツキーの本の中にあるピアジェの理論であるから、ピアジェを学び直す必要があるだろう。ある種のバイアスがかかっているかもしれない。

それ以外ではやはり「発達の最近接領域」の部分は納得することが多かった。
“今日共同でできたことは、明日には独立でできるようになる”
という言葉は、以前M先生の講演で聴いたことがあったけれども、ここにあったのねという感想も抱いた。

やはり高い本は学びが多い。ただし、わかった気になっている自分であることも多い。

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100721_『告白』

映画『告白』のヒットを受けて、原作本がかなり売れているらしい・・・、


そんなネット記事を見つけて、思わず自分もクリック。つい先週末に文庫本を購入していたからだ。もっとも、買ったその日に一晩で読んでしまったけれど。それくらい引き込まれてしまった作品だった。


ネット記事によると、映画はR15指定されているそうだ。そりゃそうだろうなぁ、とも思うし、子どもたちとも意見交換したいなぁとも思う作品。本を読まない妻にも勧めたくらい。


映画も見たくなってきた。

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100715_二度寝なんぞしてられない

昨日に続いて、『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平、講談社+α新書)について。


読み進めていくと、「予想通り」鍵山秀三郎氏のことも書かれていた。やはり通ずるものがあるのだ。そして、さらに読んでいって、身が引き締まる言葉に出会った。


醒後、霑恋する勿れ
(読み:せいご、てんれんするなかれ)


「目覚めたあと、もう少し寝ていようかな、どうしようかなどと、ぐずぐずしてはいけない」(本書200ページより引用)という意味であるとのこと。こうした格言のような言葉でビシッと伝わってくるものは、我が身の背筋をシャキッと伸ばしてくれる。

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100714_安岡正篤を知る

年度末と年度初めのバタバタをいいことに、読書から遠ざかっていた4ヶ月。なんとももったいない期間だったと悔やんでも仕方がないが、6月からぼちぼちと読書ペースが上がってきた。


現在は『安岡正篤 人生を拓く』(神渡良平、講談社α新書)を読んでいる。


安岡正篤というお名前は存じ上げていたが、どんな方なのかは全くしらなかった。そもそも「正篤」の読み方すら知らなかったほどだ。無知をさらけだすようで恥ずかしいのだが。


読み進めていくにつれて、ちっぽけな自分に気づき、そのちっぽけさを痛感せざるを得ない。こういう方がいたんだ、というのが正直な感想である。氏の考えは、鍵山秀三郎氏だったり、塚越会長@伊那食品工業だったり、自分の知っている限りでも大勢の方の著書で目にする表現に通じているのだと思う。もちろん、自分なんかには理解しきれない内容が多く、何回も読んで理解していかなければならないのだが、この興奮にも似た感情は久しぶりだ。

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100211_学問のすすめ

『現代語訳 学問のすすめ』(福沢諭吉、齋藤孝訳 ちくま新書)を読んだ。


恥ずかしながら初めて読んだ『学問のすすめ』。人によっては、現代語訳にしているから著者の想いがストレートに伝わらない、と言うかもしれないが、「読んで良かった」と思える内容だった。


もっとも印象深い言葉。
動かない物を導くことはできない
「物」は「者」であってもよさそうだが、言っていることは至極当然。我々教員にとっては、どうやって子どもたちが動くように仕向けるかというのが課題ではなかろうか。外発的動機付けを多用することはあっても、内発的動機付けを重視している人は主流ではない気がする。



それにしても、著者がもし現代の官僚だったら・・・。「れば」「たら」の話はずるいと思うが、それでも国益を最優先に考える立派な役人になっているだろう。

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100118_ツイッター

『ツイッター 140文字が世界を変える』(コグレマサト・いしたにまさき、マイコミ新書)を読んだ。


ツイッター、おもしろそう・・・


というのが読後の(読んでいる最中の)感想だ。もちろん仕事中につぶやくことはできないけれど、例えば
「今日はこれで退勤!」
とか、
「しまった朝寝坊 (>_<) 」
とか、プライベートな部分を発信することで、教師である自分のプライベートな部分をさらけ出したり、一方で、修学旅行や社会見学などの学校外の行事においてリアルタイムでつぶやくことができたりもする。


研究授業を参観しているときにツイッターで・・・、さすがにムリか(笑)。半分本気なアイデアなんだけどな。

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09読書058・059 疾走(上)(下)

『疾走』(重松清、角川文庫)を読んだ。


これも「シゲマツ」作品なのだなぁ。思春期の者の心を丁寧な表現で書き表すという点では共通点があるのだが、まったくもって異質なものを感じた。どちらかというと、40前後のサラリーマンが主人公の作品と似ている。もっと具体的に言うと『哀愁的東京』かな・・・。


最後の最後だけは確かに「感動」である。(裏表紙に「感動のクライマックス」とある)でも、そこ以外はどす黒い感情が頭の中だけでなく、体全体を覆ってくるのだ。それなのに上下巻ともすぐに読み切ってしまうのだから不思議なものだ。だからこそ自分は「シゲマツ」作品が好きなのであるが。

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