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2013年6月

130630_「だれか」

連絡黒板に「柿山伏」と書いてあったのに、子どもたちの連絡帳を見ると「柿山状」と書かれているものが多かった。

そんなことからわかったこと。連絡黒板の字が誤っていたら、「だれか」が直してくれているらしい。

クラスではそういうことがしょっちゅうある。

例えば、この連絡黒板しかり。
日直の名前しかり。
配付物しかり。

手前味噌になるけれど、ステキだなぁと思う。

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130630_範読しながら

ふとあることで教育実習での出来事を思い出した。


「緊張する子もいるでしょ」


     ◆

小学校実習で、国語の授業の最中、自分が範読をした。そのとき、えらそうに机間をプラプラ歩きながら読んだ。おそらくドラマか何かを真似して、カッコつけていたのだと思う。

その日の放課後。

担任の先生から上記の言葉をいただいた。
何のために歩きながら読んだのか?そこから始まり、要は範読を聞かせるだけならじっと座って読めばいい。余計なことをすることで、その活動の目的が達成できなくなる、ということをご指導いただいたのだった。

今の授業にも通じるよなぁ、と。
子どもたちの活動を邪魔しない。教師の教えたいことではなく、子どもたちの学びやすさを以下に担保するかが大事なんだろう。

     ◆

ふとしたことから考えた。

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130630_トラブル&ダメージ

先週心に残った言葉

トラブルがダメージにならない
(こちらのブログから)

そうそう!と膝を打った。
去年、今年と教職員組合の仕事をやらせてもらっている。6月なんかは年休をいただいて1~3時間学校を留守にすることがあった。それ以外に毎年センター研修は2~3こ受講しているから、年間トータルすると学校を空けることが多々ある。

毎回自習計画を立てるけれども、あまり音楽や理科といった専科を多くして、とか、テストを計画的に配置して、とかの工夫をしない。国語なら国語、算数なら算数の通常授業を子どもたちが進めることになる。

当然騒がしくなることもあった。

しかしながら、そんな経験を繰り返してきて、「担任がいなくても授業できる子どもたち」というように見ていただけるクラスの子たちである。

これはやはり、
「子どもたちにトラブルは起きるけど、彼ら自身がそれを成長のエネルギーにしてきた」
のではないかと思われる。

専科の授業でお任せしたり、テストや自習プリントを準備してとにかく静かにさせておいたりすればトラブルは起きないかもしれない。けれど、それって「事なかれ主義」なんじゃないかと思ってきた。

何かと忙しいことが多い組合の仕事だけど、このおかげで子どもたちが成長させてもらっているのかもしれない。

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130626_PAと『学び合い』と

今年度、プロジェクト・アドベンチャー(PA)を学級経営の中核に据えている。教育課程研究協議会の特活部会の会場校にもなっているが、あくまでもPAを軸とすることに変わりはない。

すでに数回のPAを行った。研究授業も意識して、活動の振り返りをクラス会議で行った。

そして今日。

音楽専科の同僚が休みで、急きょ時間が空いた2時間目。子どもたちに投げかけたところ「クラス会議」という案が出てきた。そのまま前回の活動「ゾンビ」の【次】を考えた。

PAが、クラス会議が子どもたちの意識に根付いてきている。

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130626_1年ぶり

1年ぶりのココログ更新。

ここのところ、アウトプットすることのもつ意味を再確認。「続ける」ことの意味も。

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