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2010年2月

100217_「奇跡の教室」を目指す

『奇跡のリンゴ』(石川拓治、幻冬舎)を数日前に読んだ。学び合いグループのブログで紹介されて気になっていたものの、ちょっと積ん読状態だった。しかし、しかし、ほぼ一気読み、そんな感じで読み終えた。


木村さんのリンゴにかける情熱、執念はきっと誰もが感じることだろう。しかし、自分は教師の端くれ。リンゴと児童生徒を重ねて読んでしまう。


木村さんが「山」で見つけたドングリの木。そしてその下に広がる豊かな土。そこから土作りへと方針転換することで下草刈りをやめ、リンゴの木が少しずつ良い兆しを見せ始める・・・、ここからはもうあっという間のスピード感。


そしてふと我に返る自分。


自分は土作りをしてきただろうか?そもそも、学校における、教育における「土作り」って何なのだろうか?


基礎基本の定着?
挨拶・返事・整理整頓?
早寝・早起き・朝ご飯?


そして、下草(雑草)刈りって同じように教育現場では何に置き換えられるのか?


・・・いろいろな事が頭の中を駆けめぐる。そして、読後数日経った今でもまとまらないし、より混沌としてきている。


もちろん、「奇跡のリンゴ」とは言っても、木村さんが何もしていないわけではない。つまり、学校においても教師の役割はあるわけだ。それが他人から見たら些細な違いに細心の注意を払って行っている“仕事”であって、何も知らない人が見たり聞いたりしても、「何にもしてないんじゃないの?」と感じるのだろうなぁ・・・、とここでもやはり勝手に『学び合い』とリンクさせて考えて込んでしまうのだった。


いい本に、いい人に出会ったなぁ。

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100216_帰宅なう

次男とのデート終了(>_<) ちょっと物足りなかったけど、でも、とっても楽しかった。


保育園で喉の痛みを伴う風邪が流行っているとのことで、出発前に検温すると37度6分。こりゃあ日帰り温泉はパスしなくては・・・、ひょっとしたら途中で引き返さなくては・・・、などと何かと心配したが杞憂に終わった。何より何より。


まずはガソリンスタンド。(^^ メーターがすでに赤いところまでイッてしまっていたのである。あぁ~~~、とメーターを気にしつつ運転すること約30キロ。生きた心地がしないのはこういうことか、と訳の分からない体験をしていたら無事に到着。ほっと一安心して、それからは次男のおしゃべりにじっくり耳を傾けることができた。


それから、誕生日プレゼントを買って、ユ●クロで仕事用のズボンを物色して安くなっていた一本をゲットして、夕飯に。


「○○○、何食べたい?」
「たこやき。」
「他には?」
「鶏の唐揚げ。」


ということで、全ての願いを叶えるために回転寿司へ。たこやきも唐揚げも、ついでに寿司も食べることができて、親子共々ご満悦。次男7皿、自分9皿。たいした違いがなくなってきた。そのうち、回転寿司何ぞに連れて行くのが冷や汗ものになる時が来るのだろうなぁと物思いにふけりながら帰途につく。


風呂に入ってこれなかったのが心残りだけれど、それは次の機会にとっておくことにしよう。

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100216_年休なう

今日は1時間年休をいただいて、現在、自宅でくつろぎ中。しばらくしたら、次男とデートの予定。


妻と長男、そして娘は3人でお出かけ予定。


それぞれ分かれてのデートなり。のんびりすることももちろん、いつもは「父―長男」「母―次男」という組み合わせなので、それを崩した関係づくりにもなれたらいいなぁ。←こうやって書いてしまうと、なんか堅苦しいけれど、まぁいいや。

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100213_誕生日とは

本日、次男4回目の誕生日なり。


それなのに・・・、


朝からプレゼントがどうのこうのともめている。挙げ句の果てには、
「バッカヤロウ!」
と母親に連呼している。


長男は長男で、弟の誕生日には自分も何か欲しいものだから、こらちもどうのこうの言いながらシクシク泣いている。娘だけはまだ何もわからないからいつも通りの生活。


そもそも「誕生日」は「出産記念日」でもある。生んでくれた母親に「生んでくれてありがとう」と感謝する日であり、子供を産んでくれた妻に「生んでくれてありがとう」と感謝する日でもある。そして、子どもたちには「生まれてきてくれてありがとう」と感謝する日だ。


プレゼントがもらえる日ではない。感謝を表した結果(形)としてプレゼントが贈られるだけだ。


朝からこんなことを言いながら息子達をしかりつける自分が虚しい。

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100212_甲府

昨日は家族で甲府へ出かけてきた。たくさんの目的があった。

1 『学び合い』山梨の会への参加
2 厄払い
3 無印良品での買い物
4 卒園・入学関係用品の買い物


一石二鳥どころか、いくつもの目的が達成できた。特に1の山梨の会は自分にとって精神安定剤になった。今年度は長野セミナー以外に参加できず、フラストレーションがたまっていたので、昨日参加することができて満足。


来年度は多くの会に参加して、たくさんの人と話して、自分の考えを深めていきたいなぁ。

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100211_学問のすすめ

『現代語訳 学問のすすめ』(福沢諭吉、齋藤孝訳 ちくま新書)を読んだ。


恥ずかしながら初めて読んだ『学問のすすめ』。人によっては、現代語訳にしているから著者の想いがストレートに伝わらない、と言うかもしれないが、「読んで良かった」と思える内容だった。


もっとも印象深い言葉。
動かない物を導くことはできない
「物」は「者」であってもよさそうだが、言っていることは至極当然。我々教員にとっては、どうやって子どもたちが動くように仕向けるかというのが課題ではなかろうか。外発的動機付けを多用することはあっても、内発的動機付けを重視している人は主流ではない気がする。



それにしても、著者がもし現代の官僚だったら・・・。「れば」「たら」の話はずるいと思うが、それでも国益を最優先に考える立派な役人になっているだろう。

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100210_次男反抗期

以前、次男の様子がおかしいことをアップした。彼はもうすぐ4歳になる。その彼、今、反抗期に突入した模様。


「お母さんがやってくれないからじゃねーかよ!」
なんて言葉がぽんぽん出てくる。
それを聞きながら、
「お前もあんな頃があったよなぁ」
と長男につぶやくと、長男はバツが悪いように笑っている。どうやら自覚があるらしい。


この反抗期をしっかり受け止めつつ、時には正面からぶつかって、正統に乗り越えていこう。

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100209_距離感(公←→私)

昨日、職員を小グループに分けての懇談の時間があった。その中で最後、自分で思いつきながら、かなり的確だったと思えることがあった。それが「距離感」という表現。


野中先生のブログで読んでいたことが自分の中に落ちていたのだと思うが、本校の子どもたちの課題として、人や場に対する距離感が近い、あるいは近すぎることが挙げられると考えた。公私の区別がつきにくい、と言い換えてもいいかもしれない。


教師に対する言葉遣いや接し方。
学校という建物、教室という場における振る舞い方。


小学校の場合、距離感が近いことが多い。一方、中学校に進学すると、教科担任制であるから、それぞれの先生方との距離感をはかることが必要になる。逆に言えば、小学校のうちに担任とも適切な距離感がとれるようにしておくことが大事なのかもしれない。


本校のように、小中併設校となればなおさらである。

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100209_振り返り

先週末の振り返り。


5日(金)
子どもたちを寝かしつけて、嫁さんとお菓子をつっつきつつテレビ。久しぶりに寛ぎの時間をとれた。


6日(土)
長野市へ。
ひどい雪だった。姨捨SA手前のトンネルを過ぎてからは、「これって高速?」と思わず大声でツッコミを入れてしまうような路面状況。そりゃあ事故る車が多数あるってものだ。
ちなみに帰宅には4時間かかった。(涙)


7日(日)
学校の子どもたちを引率して地域イベントへ。「引率」と言っても、大して仕事をする必要がない。子どもたちが頼もしいから。
イベント終了後、学校の雪かき。
初任の頃に教わったことが今でも身に染みているんだなぁ、と一人しみじみ。休日に雪が降ったら、勤務校の雪かきをするべし!

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100205_たとえ話

昨日、学校で子どもたちに語ったことで、自分がスッキリしたことがあった。本来なら子どもたちがスッキリしないといけないのだが。


それは、スキーにたとえた話である。


スキー教室に向かうのに、普段着で来る子はいない。服装や道具など様々な準備をしてくる。また、スキー場へ着けば、レンタル店やレストラン、パトロールにスキースクールなど、様々な施設・設備といった環境も整っている。


一方で、学校で取り組ませているものは、スキー教室にたとえれば、様々な施設・設備がないゲレンデでスキーをさせるようなものだ。ましてや自分の考え方であればなおさらである。それでも「みんなが滑れるようになる」という目標に向かって子どもたちは取り組むのである。


もし、このようなスキー場に、服装や道具などの準備をなんにも揃えずに来たらどうなるか?とてもじゃないが、寒さに耐えられない。道具が足りない。


自分が準備できない物はあるけれども、できることはしておいたほうがいいに決まっている。探してみたけれども無かった・見つからなかった、ということはあり得る。


学習においても同義ではないのか?


何の準備もせずに登校して、わかるようになるはずがない、できるようになるはずもない。「やってみたけれどもわからなかった・できなかった」ということはあり得る。



子どもたちは、ちゃんと準備してくるだろうか?
スキー場に裸で来ることはないよね、って笑い話にしたけれども、果たして・・・。

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100204_メタ認知

学校で「メタ認知」について話をした。職員同士の会話ではない、教室の子どもたちに向かって、である。


自分が小さいとき「客観的」の意味が分からずに悶々としていたときがあったが、時間が経つにつれて、あぁそういうことね、と感覚的に理解するようになった。この「分からない」といういわば出発点は早ければ早いほどいいと思っている。


そんなに難しい言葉を言ったってわかるはずがない、と指摘されることもあるが、そんなことは百も承知のこと。しかしながら、分かる子は分かるのである。また、分からなくてもその分からないことをずっと考え続ける子だっているはずである。


人はアンテナを高くしていれば、必ず情報をキャッチできる。自分がやっていることはそのアンテナを高くする手伝いであり、アンテナの感度と拾える情報の範囲を広めていることだと思っている。ましてや、「メタ認知」という考え方・感覚は子どもたち全員に身につけてもらいたいものであるのだ。

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100204_節分

昨日は節分。豆まきする前に、聞いてみた。
「我が家から追い出したい鬼ってどんな鬼?」


そうしたら、
「Wiiやりすぎ鬼!」
という返事が返ってきた。


息子たち自身でも考えているものだ。これは毎年聞いてみたらオモシロイかもしれない、と感じる一幕だった。

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100201_つぶやき

ツイッターを始めて数日。朴訥としたつぶやきができる人間になりたいなぁとは思いつつ、PCを家で開いたときにだけログインしてつぶやいている。


この可能性はとにかくやってみないことにはわからない。


学校現場で利用可能ならば、公開授業を見ながらつぶやいてみたり、子どもたちの普段の様子を見ながらちょっと気づいたことをつぶやいてみたりしたらオモシロイと思うのだが・・・。さすがに現場ではムリかな。私立でもムリかな。どっかで試してみないかな。


あと、思うのは、勤務地のこと。


勤務地は光回線のインフラが整備されている。だから、毎月格安の値段で利用できる。(来年から値上げが検討されているらしい)一方で、人口が多いかというとそうでもなく、どちらかというと過疎化が進んでいて地域課題となっているような所である。


このような土地にあって、何かネット回線を利用した観光作戦ができないか考えてきた。そのツールとしてこのツイッターは最適だと思うのだ。道路情報もHPがあるが、ツイッターの即時性はこの「今」の国道の状況を知らせることができる。また、ツイッターを現在使用している人は、限られた一部の人であることと、若い世代が多いこと。このごく一部の層を対象にしたキャンペーンをはってみたらいい。投資は安くできる。その効果は、今はほとんど何もやっていないのだから、やってみて損をすることはない。もし、早くからツイッターを使った観光作戦を立ててみれば、その行為自体がキャンペーンにもなると思う。


って、なんでこんなに自治体レベルのことを考えているんだろう、自分。

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