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2010年1月

100130_夕食なう

正確には、開店前に並んでいる状態。
 
名古屋のイタリアンブッフェなり。
 

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100130_家族と過ごす週末

年始以来の両日家族と過ごせる週末だ。はじめは家でのんびり過ごすつもりが、お出かけ欲求がムズムズと顔をのぞかせる。


さぁて、どうするか。

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100128_ツイッター

ツイッターをやり始めた。ひょっとしたら、そのこと自体はすでにアップしてあることかもしれない。でも、昨夜、そのおもしろさにかなりハマってしまった。


ツイッター三部作とも言うか、関連図書を2つまで読んだけれども、そこに書かれていることはこういうことだったか、という感覚がある。


とにかくまずはフォローして、ちょっぴりブツブツつぶやきながら、タイムラインを眺めていっただけである。ただ、よく考えれば、正統的周辺参加にも似ている気がする。

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100127_独り言

どうってことではないのだが、ほっと一息つきたいところ。
明日からはようやく主体的な放課の時間が過ごせそうだ。


「忙しい」と思われるこの職業。そして、ついつい自分たちでもこの言葉を使ってしまう。「忙しい」と思うのは、主体性がないことをやっている時なんだろうな。わかりやすく言えば、「やらされている感」がある時ってことだろう。


明日からは主体的な放課の時間になるだけで、スケジュール的には暇になるわけではない。だからといって、忙しくなるわけでもない。時間的にはタイトになっても、心を無くすほど忙しくなるわけじゃないんだ。


楽しみでもある。

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本日の昼食

まんぷくセット
600円なり
 

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100122_共働き夫婦

メールのやりとりをしている中、共働き夫婦のこと(正確には既婚女性教員)が話題になった。我が家は専業主婦のため、その大変さを実感することができない。ただ、自分の両親は共働きだった。


なんでも、朝2時から3時の間に起きているらしく、毎日多忙な生活をおくっているとのことだった。


ふと疑問に思ったのは、なんのためにそのような生活を続けているのか?である。
自分が勝手に想像するに、おそらく教員の仕事と子育てに関するそれぞれの使命を感じているいらっしゃるのではないか。そうでなければ、そこまでの生活を支える気力が持続しない。そして、それってすごく幸せなことでもあると思うのだ。


多忙な生活を肯定するつもりはさらさらないけれど、使命を感じることができれば、毎日は忙しくても満たされたものになるだろうなぁ。


自分の両親はどうだっただろうか?現在の破綻した夫婦生活ぶりを見ると、おそらく使命というよりも義務感の方が強かったのかもしれない。

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100121_主体性

一昨日だったか、長男がテレビを見ていて、お目当ての番組が終わり、さぁテレビを切ろうかというときにまごまごしていて次の番組の時間になった。そしたら長男が一言。
「あっ、次のが始まっちゃった。」


これって、すごく子どもらしく、素直なつぶやきだと思った。


そのときの長男にとって、テレビは「見る」ものではなくて「流れる」あるいは「惹きつける」ものだったのだと思う。だから、

“長男がテレビを見る”
ではなく、
“テレビが長男を惹きつける”

という感覚になっていたのだろう。


これはまさにテレビの魔力。テレビは意識していないと流れてくるのだ。自分が「見る」ものにならなければ、いくらでも時間は過ぎていく。そこには主体性がないといけないだろう。


テレビに限らず、子育てにおいては子どもたちに主体性を持たせることってやっぱり大事だ。

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100120_物欲

PocketWifiがほしいなぁ。 i pod touchとセットで安くなっているから、お金さえあればついつい買ってしまいそうだ・・・。


Wifiがあれば、家でもワイヤレスになるのはもちろん、出先でも気軽にネットにつなげる。
でも、現在の所要金額+イーモバイルとなると・・・。お上に相談せねば。

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100120_総合の時間

総合的な学習の時間がダイナミックになってきた。
3年生から始まるこの時間。3学期になって、自分たちで調べたりまとめたりという活動が多くなってきているが、やることが学校内にとどまらなくなってきてオモシロイ。


支所にアンケートをお願いしたり。
クラス内にアンケートをお願いしたり。
今度は、地域のお店の前に行って、アンケートに協力してもらいたいらしい。


こうなってくると担任としては、支所にお願いの電話をしといたり(もちろん子どもたちは知らない。子どもたちが行ったときに当然自分たちでお願いしている)、クラスへのアンケートを印刷したり、そして地域のお店にも事前に連絡をせねばならない。


子どもたちが学びを設計していくので、そのおじゃまをしないようにすることかな。
「それはムリだよ」
「それよりも~したら?」
って言うことはなく、
「どうしたらいいと思う?」
「○○っていう方法もあるし、□□もあるけど?」
と子どもたちに決定させるようにしているつもり。でも、もっともっと色々と自由にやらせてみたいなぁ。

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100119_スタバ

昨日は組合のため5時間年休を取って長野へ。会合自体はおよそ1時間30分で終了し、一路帰途につく。


長野へ行くにはさすがに高速を使わないとムリなので(さすがに4時間かける人はほとんどいないだろう。4時間で着くのか?)、ETCを使ったり使わなかったり。それにしても便利になったものだ。ETCなら煩わしい通行券および会計なしで通過できる。


便利といえば、サービスエリアにコンビニが増えたこともありがたい。使い慣れた感があるので、妙に落ち着く。そんなに頻繁に高速を利用するわけではないから、いわゆるサービスエリアの売店だと、どこに何があるのかがよくわからなかったりするので、なんだか落ち着かないのだ。


そして最近は、サービスエリアにスターバックスまで店を出している。なんということでしょう・・・。(ビフォーアフター風に)ついつい寄ってしまうじゃないか。
「ラテのトールを。・・・あっ、ホットで」
と最近ハマっているスタバのラテを注文。それを持って車に乗り込み、通勤割引の時間まで約20分、のんびり読書。なんて幸せなひととき。


と、昨日はぜいたくな20分を過ごすことができた。

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100118_ツイッター

『ツイッター 140文字が世界を変える』(コグレマサト・いしたにまさき、マイコミ新書)を読んだ。


ツイッター、おもしろそう・・・


というのが読後の(読んでいる最中の)感想だ。もちろん仕事中につぶやくことはできないけれど、例えば
「今日はこれで退勤!」
とか、
「しまった朝寝坊 (>_<) 」
とか、プライベートな部分を発信することで、教師である自分のプライベートな部分をさらけ出したり、一方で、修学旅行や社会見学などの学校外の行事においてリアルタイムでつぶやくことができたりもする。


研究授業を参観しているときにツイッターで・・・、さすがにムリか(笑)。半分本気なアイデアなんだけどな。

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100116_スキー教室

昨日は学校行事のスキー教室。
昨年はあまり気がつかなかったことだが、子どもたちが転倒したときに、インストラクターの方が起こすのを手伝わないことに驚いた。


自分も教師だからわかることだが、転倒などの「ちょっとしたハードル」に子どもたちが遭遇したときに、手取り足取りその対処方法を教えるのではなく、待つことがどれだけ難しいか・・・。そして、どれだけ手伝いたい衝動に駆られるか・・・。


どのグループを見ても転倒した子をインストラクターが起こしてあげるということがあまりなかった。おそらくスキー学校としての「方針」なのではないか。きっとそこには哲学があるのだと思う。


自分の仕事に置き換えてみて、そこまでの哲学があるか?

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100115_さいのかみ

昨夜は地区の「さいのかみ」だった。地元で言うところの、「厄投げ」と「どんど焼き」を一度に行ってしまう行事と考えればいいだろうか。


今年は昨年以上の冷え込みもあり、そそくさと帰ってきてしまったけれども、こうして地区のことに参加できるのは何よりだ。

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100114_何とかならぬものか

職場にはいろいろな会議がある。ふと思うときがある。

「これは必要な会議なのだろうか」
「この議題って、朝会で扱えばいいのでは?」
「資料を前日までに出しておけば、さらっと流せるのでは?」

これを発信していかなくては。

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100113_次男が不安定?

次男は保育園年少児。4月当初から「保育園行きたくないよ~」と言いつつ、朝は泣きながら親と別れては、お迎えの時には「楽しかったぁ」と笑顔で園を後にする、そんな生活を送ってきていた。


先週7日(木)、保育園第三期(学校の三学期にあたる)の開始日。
「オレ、今日保育園行かない」
おお、きたきた、言うと思った、などと感じながらやり過ごしていた。そして昨日12日(火)。
「オレ、絶対に今日休む」
と布団の中で目を真っ赤にしながら訴えていた。なんか様子が今までと違うなぁと感じた。


そんな次男に怒るわけでもなく、ただ、訴えを聞きつつも親としての願いを話してきたが、どうやら今回はそんな単純なものではなさそう。ちょっと「不安定」な状況に陥っているようなのだ。


妹が生まれたこともあると思うが、おそらく彼自身が成長してきて、自分のことや周りのことが見えて、少し理解できてきたことが背景にあるのではないかな?声が大きいと叱られることも増えてきたけど、それも自己顕示の一つだったのかな、と思ったり。


今日からの接し方を少し変えよう。

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100112_あなたの予測上回ります

中村文昭さんの講演CDをいただいてから1ヶ月が過ぎた。これまで移動中の車内で少なくとも5回は聞いてきている。


そして、今、自分にとって想定外の仕事がある。


やるからには中村さんが言っていたように、「あなたの予測上回ります」でやったろうじゃないか。そんな思いに駆られている。少し前までだったら、
「なんでやらなくちゃならないんだよ」
と言いながら着手せずに、テキトーにやり過ごしていたかもしれない。

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100111_アクセス感謝

1がたくさん並ぶ今日、アクセス数が10000を超えた。
閲覧してくださった方々、ありがとうございます。


これまで、更新を頑張る時期、まったくやらない時期、そして今のように時間があるときに更新する時期と経てのアクセス数。今後、このブログの方向性もはっきりと示さないといけないのか、とりとめのないまま更新していくようにしていくのか考えていこうと思う。


とにかく今日は、感謝感謝のエントリ。
重ね重ね、ありがとうございました。

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100109_人間は二度死ぬ

「人間は二度死ぬ」


これは中村文昭さんの講演CDで初めて聞いた言葉であり、。最近読んだ『失敗の教科書。』(宮下裕介、扶桑社)にも載っていた言葉でもある。


昨日は3学期始業式だった。その中で校長先生は、
終わりを意識した3学期にしよう
という主旨の話をされていた。
自分はこの校長先生の言葉を聞いて、「人間は二度死ぬ」と思い出した。


教員生活の中で、必ず担任した子どもたちとの「終わり」の瞬間を迎える。それが「一度目の死」と同じことだろう。これは必ずどの教員にも訪れるものである。しかしながら、その教員の教えが子どもたちに、あるいは勤務校にしっかり根付いたとしたら「二度目の死」を迎えることはないだろうと思うのだ。


これまでの自分の教員生活を振り返ると、おそらくこの「二度目の死」を迎えないことを願いつつ教育にあたってきたのだと思う。それは「すみもん先生に教わってよかった」とか、そんなきれいな想いを抱いてほしいのではなく、「すみもんっていつも口うるさかったけれども、今ならその意味がわかる」と、面と向かっているときには子どもたちが気づかない“何か”を遺したいと思ってきたということだ。いや、自分の名前などは忘れてもらっていてもいいくらいだ。


悲しいかな、これが勤務校が対象となると難しい。どんな立派なことをしたつもりでも、それが学校文化として残るのはごくごくわずかだと思う。残念なことに、後生まで残っていたとしても、それが現場にとっては大きな負担となっていることさえあるから複雑だ。だいたいそうやって迷惑がられて残っているのは行事が多いが・・・。


いろいろ考える始業式の日だった。

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100108_今日から新学期

いよいよ3学期が始まる。
まだまだ学習すべきことが盛りだくさん。その中での約50日。さぁ、がんばるぞ。

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100107_学習指導要領

恥ずかしいながら、この冬休みから初めて新学期の学習の流れについて、学習指導要領(CS)を確認するようになった。


これまではせいぜい教科書レベルでの流れの確認。でも、CSを見ることで教科書の作成背景とでもいうのか、なぜこの教科書の内容になっているのかが納得できるし、どこが大事なのかもぼんやりと見えてくる。まだ「ぼんやりと」という段階なので、自信をもって言えないが・・・。


昨日は国語・社会・理科、そして図工と確認した。そのうち、国語を除く3教科については、CSの<2 内容>と<3 内容の取り扱い>の部分で3学期に該当するところをノートに視写した。国語・算数は進度や時数を意識することはあっても、どうしても、この3教科は教科書を終わらせることが目的化してしまっているところがあった。


時間をかけて確認したことで、例えば理科ならば、<2 内容>の<A物質・エネルギー>の領域では「3つはものづくりをさせる」ことに気づいた。これに基づけば、2学期のうちに風やゴムの働きでものづくりをしているので、3学期には2単元でものづくりをさせなければならない。


また図工では、3・4年生のうちに扱っておきたい道具が<3 内容の取り扱い>に例示されていることにも気づいた。

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100105_「遊べる?」

今日は仕事始め。
出勤すると数人の出勤者の同僚から新年のご挨拶をいただく。なぜか照れながら挨拶をお返しした。


仕事始めといっても、職員室には自分も含めて4人。うち1人は日直当番、1人が教頭先生、1人が社会体育の指導。何かしら学校用務があっての出勤。自分だけ何もないのに学校に行ったことになるか。


段取りが悪くて出勤せざるを得ないというか、仕事にやる気が満ちているというか・・・。まぁ現実は前者だが、気持ちは後者でいよう。


     ◆


昼食は自宅に帰ってとる。これは職住接近という利点を生かせる最大のポイント。長期休業中の出勤日なのに、家族5人揃って三食を楽しむことができるのだ。どうだ、うらやましいだろう。

・・・と、誰に対してなのかわからない自慢はさておいて、食休みを兼ねて本を読んでいると次男が話しかけてきた。

「ねえお父さん、また学校行くの?」
「遊べる?」

うれしいなぁ。そして、切ないなぁ。
後ろ髪を引かれながら再び学校へ。

バリバリ、とまではいかないけれども、まあぼちぼちと仕事をこなした。


     ◆


そして夕方。コンビニに寄ったけれども17時30分には帰宅。夕飯に入浴、そして絵本に寝かしつけ、と息子達とどっぷり過ごして今に至る。


明日も出勤するけれども、欲張って仕事も家庭も充実させよう。

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100104 新年を迎えて

新年明けましておめでとうございます。
本日、帰省先から戻ってきました。現在、息子達はWiiでクリボーやノコノコと格闘中。娘はおっぱいをゴクゴク。今日まで完全なる休みモード。

明日は自分が学校勤務。息子たちの保育園はまだ休みだけれども、完全に平日モードに切り替えていこうと思う。

さて、2000年からすでに10年を迎える今年、自分も仕事面では10年経験研修を受ける。これを機に新たなステップへと上がらねばなるまい。

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