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2009年7月

090729 実りある夏休みに

日付が変わって深夜2時近く。今日から夏休みがスタート。
22日間の夏休みだが、そのうち組合関係の用事で県庁所在地へ向かうのが6日間。帰省予定は4日間。これだけで半分近くを消費してしまう。寸暇を惜しんで行動しなければ、文字通り「あっ」という間に過ぎ去ってしまうだろう。


     ◆


自分は長期休業前開始の1~2週間前から行っていることがある。


それは付箋紙に休業中にやっつけておくべきこと、やりたいことを書き出しておくことだ。今年の夏も「整理整頓」「運動会ダンス」などの雑多なことを書き出した。これらを学校や家でやっているうちに、あれもこれも…、と諸々が噴出してくるから不思議だ。


でも、これをやっておかないと、今日は何をやればいいんだっけなぁ、と無為に時間を過ごすことになり、結局何もやっていない休みになってしまう。まぁ、そもそも子どもたちにとっては「休み」であっても、我々にとっては「出勤日」なんだけど。


最近、こうやって付箋紙に書き出しているので、さすがに今年は
「あーーーーー、終わったぁーーーーーーーーー!!」
という開放感のようなものに襲われることはなかった。割と冷静に終業式を迎えられた。あとはこれからの行動次第で如何様にもなる。


実りある夏にしよう。

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090725 復旧

パソコンの(おそらく)ハードがなんかしらのトラブルを起こしたと思われるため、結局、ネットブックを新規購入した。これまで使っていたのはハードをいじってみようと思う。


そして、本日ようやく自宅でのネット環境が復活!


新しいネットブックをLANケーブル(未だに無線環境ではない)につないだのがなかなか接続できず、今日、ケーブルをつないだままケーブルモデムの電源をリフレッシュしたら(つないだまま電源を入れ直したら)、なんてことはないほどにネットにつながった。


あぁ、これでようやく自宅で組合関係の仕事ができる。うれしいような切ないような・・・。


それに、学び合いのページも思う存分見られるぞ。これはうれしい限り!

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09読書054 半落ち

手をつけてはいけない、手出し無用!  ・・・と心に決めていたのに、手を伸ばしてしまった。そして、一気に・・・。


『半落ち』(横山秀夫、講談社)を読んだ。


300ページあって、せっかく6つの章に分かれているのに、一気に全部読んでしまうなんて。でも、そういう一冊。


誰にでも「梶」のような境遇になる可能性はある。でも、誰もが「梶」になれるわけではない。今の自分も不可能である。

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090714 「おもしろいよ」

最近のエントリは読書ばっかり。まぁ確かに読書しかしていないのだが。


それでも家族との時間は宝物だ。一昨日の日曜日の夜は次男の性格がにじみでるエピソードがあった。


     ◆


カルタ好きの次男。2歳の正月休みに買ったカルタから始まって、今は百人一首を使ったぼうずめくりが大のお気に入りだ。一時のピークは過ぎたが、それでも思い出したかのように、「ぼうずめくりやろ。」とお誘いの言葉をかけてくれる。


日曜の夜もそうだった。


次男「お母さん、ぼうずめくりやろ」
妻 「いいよ。片づけ終わったらね」
次男「お父さん、やるかな?」
妻 「やりたい?って聞いてみたら」
次男「お父さん、ぼうずめくりやりたい?」
自分「やだ」
次男「おもしろいよ」


これには笑ってしまった。「おもしろいよ」である。こんなやりとりをしての言葉であるから、「そうかおもしろいか。じゃあやってみたいな」と思わず言ってしまった。


これが長男だとこういう言葉はおそらく出てこない。


「やだ」といった瞬間に泣き始める。「お父さん『やだ』って・・・」と妻に泣きすがっていくのである。


兄弟で、同じ息子たちで違うものだ。まぁ、顔も性格も違うから、ぼうずめくりに誘われたときも確信犯的に「やだ」と言ったのだが。それでもやはり次男には上手をとられた。

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09読書053 朝2時起きで、なんでもできる!

『朝2時起きで、なんでもできる!』(枝廣淳子、サンマーク出版)を読んだ。


ここのところ早くに起きず、だらだらしていた自分の生活。そんなときにはこんな本が読みたくなる。今回もブックオフで見つけた100円本だ。


さて、著者は同時通訳者の方。(実際にはいろんな顔をお持ちのようだ)ご主人の留学を機に、同時通訳者を目指されるのだが、その中で朝2時起きの生活が定着していく。


「2時起き」という前提部分が書かれた後は、あとは「2時起き」ということはほとんど出てこない。出てくるのは同時通訳者を目指す中で試した学習方法や、通訳養成学校から同時通訳者になるまでの過程、そして同時通訳者になってから執筆時までの活動の広がりである。でもそれがまたおもしろいのだ。著者のバイタリティーというのかパーソナリティーがそのまま活字になっている感じがする。


ただ、読んでいても「すごいなぁ」と感心しているだけで自分は何ができるだろうと考えられない「自分」がいる。まだまだ娯楽として本を読んでいるのだなぁと反省してしまった。まずは生活習慣を見直すところから始めたい。

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09読書052 いじめの構造

『いじめの構造』(森口朗、新潮新書)を読んだ。


スクールカーストという考え方は聞き及んでいたが、実際に本書を読んだのは今回が初めて。かなり具体的な提案までされていて驚いた。


読み終わって、自分も著者に近い考えなのだと感じた。現代社会においてはかなりラディカルな思考だと捉えられているのだろうが、子どもたちのほほえましい姿だけ学級通信などで発信している現在の状況は、セールスマンが売り込みたい製品が他社製品よりすぐれているところだけしゃべって、デメリットの部分を説明していないのと一緒だと思う。自分はそんなセールスマンは信用しないから、クラスにおいても負の部分も情報公開してしまっている。


子どもたちの「陰の部分」のことを熟慮して書かれているのが本書ではないかと思うのだ。そして、それはまた子どもたちの実態・実感に近いものだとも思うのだ。


きれい事だけを並べる現場感覚とは違うものなのかな。自分としては本書のような考え方が一般的になってもらいたいのだが。

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09読書051 顔

『顔 FACE』(横山秀夫、徳間書店)を読んだ。


完全にはまった横山作品。今回が3つめの出会いとなった。今朝読み始めて、昼寝を挟んで夕方には読み終えてしまった。


先に読んだ『臨場』がかなり印象深かったので、どうしても比べてしまった。あとは主人公が若い女性だから親近感が湧かなかったとも言えるかもしれない。


これらを差し引いても、やはり面白かったと言える一冊だった。

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09読書050 臨場

『臨場』(横山秀夫、光文社)を読んだ。


3月に『クライマーズハイ』を読んで、横山作品に惚れてしまった。以前、ブックオフに行ったとき(身近な所に店がないのが悲しい…)に、100円コーナーに並ぶ著作を買ってきた。今回の『臨場』もそんな一冊。


8つの短編に分かれている本作。読み始めたのは、昨日の夕方。組合が終わったのが早かったので、公園でそのまま留まって読み始めた。そうしたら止まらなくなって、夜も読んで、今朝も読んで・・・。結局、読み終えた。


『クライマーズハイ』で横山作品に「惚れ」て、今回の『臨場』で完全にはまってしまった。そして、『顔』に続くのである・・・。

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090710 簡単に読めるんだ

つい先ほどのこと。


珍しく早く起きてきた長男。ゴロンと転がって、時計を見るなり、
「お父さん、今日は早いね。まだ5時?」


と言ってきた。学級通信とつくりながら聞いていたので、かんたんな相づちを打っていたら、
「5時41分?」
と再び聞いてきた。


冷蔵庫にデジタルの時計表示があるが、長男の目は明らかにアナログの掛け時計に向いている。そうか、いつの間にか時計が読めるようになってきているのか。そんなことを思っていたら、長男が一言。
「時計ってこんなに簡単に読めるんだね」


算数の授業で時計を学習する、というと構えてしまうけれども、こうやって普段の生活の中で身に付けられるものがあれば自然な学習だよなぁ、とキーボードをたたく手を止めて、ぼんやり考え込んでしまった。

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09読書049 アルジャーノンに花束を

『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キイス、小尾芙佐 訳、早川書房)を読んだ。


初めて読んだのは10年ほど前。大学の生協で見つけて買ったと思う。それから4回の引っ越しがあっても手放すことなく、ずっと所持してきた。教採試験では、印象に残る一冊として面接官に想いを伝えた。
“「頭がよくなる」ということは幸せなのかどうか考えさせられた”
と・・・。


そして再読した31歳の自分。かつてと違う感じ方をした。


“「頭がよくなる」ということは・・・”と同じだった。ただ、主人公チャーリーは物語の初めと終わりで同一の状態だと感じた前回と違って、まったく別人のチャーリー・ゴードンになったのだと感じた。そして、全てを経験したチャーリーは幸せなのではないかと思えたのだ。


また、知識だけではどうにもならないことが沢山存在することも感じた。これは『学び合い』の考え方に出会ったという読み手である自分自信のバックグランドも影響していると思いながら読んだ。


そして、やはり、自分にとって色々なことを考えさせてくれる物語なのだと改めて思った。

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09読書048 「大人」がいない…

『「大人」がいない…』(清水義範、ちくま新書)を読んだ。


自分がずっと気にしている“人格の完成とは”、“大人とは”ということに関係しているかと思い購入した一冊。


「大人」であることの良さ・悪さ、「大人」でないことを良さ・悪さの表があったり、歴史的な側面からの大人考(大人「論」ではない)があったりして、自分の考える余地のなかったことを考えさせてくれた本だった。


また、最終章のところには、
悪い状況の下では、その状況を受け入れて耐えてみせる、というのが「大人」というものだと思うのだが。
(本書197ページより引用)

とある。


ここまではっきりと書いてあるところも珍しい。ここは著者の強い想いが込められていると言うことか。

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09読書047 イギリス型<豊かさ>の真実

『イギリス型<豊かさ>の真実』(林信吾、講談社現代新書)を読んだ。


どなたかのブログでその感想を読んで買った一冊なのだけれども、先日読んだ『雇用はなぜ壊れたのか』同様、自分の全く知らなかった世界のことを知ることができた。


イギリスのことについて書かれているのはもちろんだが、ヨーロッパ型の福祉体制とアメリカ・日本の比較も折に触れて説明されている。読めば読むほど、日本はどうなんだ?と考えさせられた。

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09読書046 明日の教室2

『明日の教室2 学級をつくる』(「明日の教室」研究会 編)を読み終えた。


数日に分けて読み進めていたが、今朝、一気に読み終えた。まだ「1」も読み終えていないのに・・・。


でも、このシリーズは読み終えておしまい、ではなく、これから辞典のように今後の教職生活で何回も何回も参考にしていくものである。そしてそして、この本のすごいところは、それぞれのページに“参考文献”がしっかりと載っているところだと思う。


筆者の方々のブログを拝見したときに、今までにない形式で執筆するのに苦労した(苦労しているであろう)という言葉を目にした。本を読むと、確かに今までにないスタイルの本である。でも、そのスタイルの中に、必ず“参考文献”のためのスペースが割かれているのだ。


執筆時点の筆者の考え、哲学が書籍となっているのだが、どういう経緯・背景があってそのような考えに至ったのかが参考文献を見れば分かるのだと思う。だから、この本は「辞典のように何回も何回も参考にしていく」のとともに、この本をきっかけに学びを広げていってほしい、という先輩教師からのエールでもあるのだと思う。

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09読書045 ハッピーエブリデイ

『ハッピーエブリデイ』(廣瀬裕子、大和書房)を読んだ。


著者の本を実は2冊持っている。今回の本はブックオフで見つけた一冊。読書と呼んでいいのかどうかわからないのだが、読み終えたときに気が軽くなる。自分にとって、欠かせない本である。


この『ハッピーエブリデイ』も、写真と言葉が織り交ぜられて、これから自分が何回も繰り返し読む本になることまちがいなしだ。

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090704 スマイル&うり二つ

娘が笑うようになった。今日で生後41日目である。


ただ笑うのではない。父親である自分の顔と声を確認して笑うのである。


こんなことを文字にすると、自分でも親ばかを通り越してバカ親だなぁと思うのだが、「そう思うだから仕方ない」(蒔田晋治さんの詩の言葉風 : 分かる人にしかわからんだろうなぁ)


妻は自分の考えに珍しく同意している。
「ホントに○○(娘の名前)はお父さんが好きだねぇ」
それくらい、自分と目が合うと微笑んでくれるのである。


     ◆


ついでに妻がもう一言付け加えることがある。
「ホントに○○はお父さんにそっくりだねぇ」


ということで、バカ親ついでにもう一つ。


ホントに自分によく似ているのだ。有難いことに3人も子どもを授かって、全員の誕生(妻の出産)に立ち会って、生まれた瞬間からの顔を見てきたのだが、この娘の顔は自分でも初めて、
「あっ、オレに似てる」
と思ったほどである。


どのくらい似ているかというと、フリルのついていない水色のベビー服を妻が着せたら、あまりにも父親に似すぎていて気持ち悪くなったから、思わず別の服に着替えさせた、というくらい似ているのである。(これはこれで失礼な話である)


娘よ許せ。
目が細いのはお父さんのせいだ。ただ、お父さんの目が細いのはおばあちゃんのせいだ。そして60年後のおまえの姿は、今のおばあちゃんから容易に想像できるのだ。

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09読書044 雇用はなぜ壊れたのか

『雇用はなぜ壊れたのか ―会社の論理vs.労働者の論理』(大内伸哉、ちくま新書)を読んだ。


組合の仕事に生かせるのではないかと考えて購入した一冊。でも、かなり刺激的だった。


大学卒業後、すぐに教職に就いたために、小学校入学以来ずっと「学校」というところにしか身を置いていない自分。狭い了見しか持ち得ていないのだと思うが、こうして一般的な企業の“雇用”についての本を読むと、あらためて自分は何も知らないなぁと考えさせられる。そう考えるきっかけになるだけ自分にとって価値のある一冊なのだと思う。


肝心の組合にからめても、貴重な資料を得ることができた。

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090704 家庭に帰った1週間

久しぶりの更新。
家庭にどっぷり浸った週だった。


先週末は地元へ。
研究所の研究発表会に行った後、娘の初宮詣があった土曜日。
翌、日曜日は友人が子どもを連れて遊びに来てくれた。


あ~楽しい土日だった!   と思って目を覚ました月曜日の朝、妻から
「次男、熱がある!」
という一言で怒濤の週の幕が開いた。


月曜の夜、21時に夜間外来で診察してもらい、次男と自分の隔離生活(夜のみ)が始まった。お母ちゃんに甘えたい次男は夜中に目を覚ましては、やれ「お母さんの所へ行きたい」だとか「おしっこ」などと言って、起こされる。そんな夜の生活は未だに続いている。


そして極めつけは、生まれたばかりの娘が昨日から熱を出した。幸い、今朝には平熱ギリギリの37度代前半に下がったけれども、気が休まらないものだ。


そんなこんなで、音楽会のあった忙しい週に父親としての仕事を少しは果たせたのではないかと思う。

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