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2009年4月

090428 カウントダウン

4月が終わろうかという時季に妙なタイトル。教職員ならば修学旅行前とか卒業式前に使う言葉であろう。


我が家にとって3回目の大イベントである「出産」(妻)まで、残り1ヶ月を切った。だからカウントダウンである。


長男は予定日より10日遅れて誕生。
次男は予定日通りに誕生。
さて、三番目は・・・。


妻曰く、
「今回は予定日より早く産まれそう。」
どうやら5月中には産まれそうである。


保育園の遠足二つに、組合的には県の定期大会。そして、職場では最も落ち着いて授業に取り組めるこの5月。大わらわになりそうだ。

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09読書028 ブレイブ・ストーリー 中

『ブレイブ・ストーリー <中>』(宮部みゆき、角川文庫)を読了。


だんだん結末が見えてきた気が・・・。それでも、幻界と現界の関係性はなるほどなぁと思ったり、話の設定が現代社会に通じているように感じさせたり、と著者の作品は初めてだけに「宮部ワールド」をしばし堪能。


早く<下>も読み終えたい。そのための時間を作り出さねば。あぁ、時間がほしい。

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日教組青年部長会

部長ではないけれど、代理で今日の1日目のみさんかしてきた。


組合をやっていなければ出会うことはなかっただろう人たちと知り合い、語り合い、飲んできた。


車で上京したことと、日帰りであるためノンアルコールだったことが心残り。次の機会をつくらねば。

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090424 新任者歓迎会

昨日は組合青年部の新任者歓迎会。郡に新しく見えた方を歓迎しようという企画だが、現任地のような小さな支部で20数名もの方が集まったのは心強い。


全然お互いを知らない人たちと語り合い、飲み、そして、二次会へ。実に楽しい夜だった。

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090423 長男

次男が風邪を引いた。長男は土曜日に発熱したので、ほぼ予定通りといえば予定通りのタイミングである。


昨日は保育園を休んだ。長男が月曜日に休んだときは、次男も大泣きして休んだ。そして、昨日は長男も休むかと思いきや、気丈にも登園したらしい。妻からはメールが来た。


長男は長男で必死に何かとがんがろうとしているのだろう。そんな想いを大事にしてほしいと願うとともに、無理はしてほしくないなぁとも思う。


昨夜は次男が19時30分頃就寝したので、久しぶりに家族3人状態。思いっきり長男をかまって、イジって、イジめられて、かまわれてとたっぷり関わることができた。彼もいい顔で笑ってきた。よかった。

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09読書027 ブレイブ・ストーリー 上

『ブレイブ・ストーリー 上』(宮部みゆき、角川文庫)を読んだ。


いやぁ、長い長い。まだまだ〈中〉〈下〉と続く。そう思うと台詞の部分だけ拾い読みしながらどんどん進めていった感じがする。


冒頭部分はかなりシンドイ印象が強かったけれど、それでもどんどん読み進めるペースが上がって、後半は一気だった。


この先どうなるのだろう。そんなことが気になって、そのとき歩いていた街で急遽〈中〉を購入した。読んでみよっと。

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090422 「見本」と「手本」

ここのところ、折に触れて気になる言葉が「見本」と「手本」であった。どうも混同して使われている気がしてならない。そもそもこのように思うようになったのは、子どもたちに「見本を示す」と自分が言ったのがきっかけである。それから「手本を示す」というような使い回しを心がけてきた。


最近、自分ではなく職場で子どもたちに向けられた「見本を示してください」という言葉を耳にした。やはり「?」と感じて、その日の放課後に学校にあった広辞苑で意味を調べた。


===========================

「見本」
ある商品・製作品の品質・意匠・効用などを知らせるために、その中から少量を取り出して示すもの。


「手本」
①文字や絵をならうための、模範とする文字や絵を書いた本。臨本。
②ならいのっとるべきもの。のり。模範。
③ならって造るべきもと。かた。様式。



===========================


やはり「見本を示す」「見本を見せる」という言い回しで、「下級生によい姿を示す」という意を表現するのは間違いである。きちんと調べたからこそ、使い分けができるようにしていこう。

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09読書026 〈傷つきやすい子ども〉という神話

『〈傷つきやすい子ども〉という神話 トラウマを超えて』(ウルズラ・ヌーバー 著、丘沢静也 訳、岩波書店)を読んだ。


『「か弱き、純真な子ども」という神話』に載っていた本なのだが、確かに子ども時代が全てを決定するというような「常識」に疑問を投げかける本であった。


子どもの頃、特に、年齢が低い頃に叱られたり、ほめられたり、といろんな経験をしておくことがいいと思う。今は年齢が低い頃にできるだけ叱らない方がいいとか、ほめて育てるべきだとか言われることが多い。そして厳しく叱られたことはトラウマになるという。果たして本当なのだろうか、と常々思ってきた。今回、この本を読んでみて、ますます疑問が膨らんだ。


世間の風潮とは別に様々な視点を自分に持っておくことが大切である。

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090420 もう月曜日

月曜日になってしまった。この週末はいちどもPCを開かなかったから、なんかあっという間の週末だったような、でもネットにつないだら未読のメールがいっぱいあって、あぁやっぱり土日は長かったのね、とも思ったり。


簡単に土日を振り返ると、その前の金曜の夜から昨日日曜にかけて3日とも松本へ行った。3回とも種類はバラバラ。それなのにどれも自分にとっては大事な時間だった。


今日からの一週間は学校で落ち着いた生活を送りたい。ゴールデンウィークまでの辛抱でもある。がんばろう。

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090418 「お父さん」

木曜日の夜、いつものように子どもたちと寝床で遊んだり、本を読んだりしていたとき、ふと長男が言った。


「ねえ、お父さん。オレが学校に行ったら、オレだけお父さんのこと『お父さん』って言っていいの?」


そうだよなぁ、彼の頭には来年○○小学校に入学して、自分と同じ学校に一緒に通勤・登校して・・・、っていう考えができあがっているんだよなぁ。現任校に来年もいるかどうかは校長先生たちが判断することであって、自分ではなんともしがたいものがあるのだけれど、同じ学校にいられることは功罪いろいろあれど、いい経験だろう。ただ、「お父さん」と呼ばせられないのは伝えなくては。


年長になったばかりで、いろいろなことを考える長男は頼もしい。

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090417 桜の色

家庭訪問期間である。昨日は7軒。最も多い日だった。


そして、今、地域は桜満開でもある。所々に咲いている桜を眺めながら車で各家庭に移動していく。昨日は軒数も多かっただけに、外をドライブする時間も長かった。それぞれの場所に咲いた桜を眺めていて思ったのだが、桜の色がくすんで見えたのだ。


しだいに雲が厚くなったのが一因かもしれない。
交通量の多い国道に沿った町だからかもしれない。
桜の色がくすんでいるのかもしれない。
自分の心がそう見えるような状態なのかもしれない。
              (そんな状態なはずではないのに)
・・・


いろんなことを考えながら眺めていた。

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0900416 語尾

「語尾」と言っていいのかどうかわからないが、最近、頓に人が話している言葉の端々が気になる。


これ~、こちらに持ってくる~、Aが邪魔になるの~、・・・



といった話し方である。なんとも耳障りな話し方だと思うのだが、子どもたちはどう感じるのだろうか?子どもたちは何にも感じていないのかな。それがふつうだと思っているかもしれない。だとしたら恐ろしい。


     ◆


語尾が強くなってしまうというのは自分が子どもの頃から耳にしてきた。その都度、子どもながら変な話し方だと思った。「子どもだまし」だとすら感じていた。でも、今や子供に向けてだけではなく、大人同士の会議の中でもこのような話し方を耳にすることがある。


我々は子どもを相手に仕事をしている。「言葉」というものは大事にしないといけない。心から発しないと上滑りするものだし、一度口にしたことは取り消すことが容易ではない。そして、話し方にはリズムがないと子どもたちの心には響かない。


冒頭に示したような話し方で子どもたちの前に立ったとき、どんな子どもが育つのか。もっと凛とした姿を示していきたい。

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090415 息子たち

昨日から家庭訪問が始まった。勤務校では毎年、新入生の学年と、担任が代わった学年のみが家庭訪問を行ってきた。単級であるがゆえに行えることでもあるのだが、それが今年度から全クラス家庭訪問を行うということになり、なんだかよくわからない事態となっている。とりわけ、保護者の方にはある意味「寝耳に水」であり、ご迷惑をかけているだろうなぁと感じてしまう。


さて、そんな家庭訪問でも何かお渡ししたり、お話ししたりできればと思っているのだが、結局お家での様子を聞いて、おしまい、ということが多い。昨日はみな兄弟姉妹がいる子どもの家に行ったので、兄弟姉妹でのケンカの話を聞くことが多かった。


ひるがえって、我が家ではどうか、と考えた。


ケンカなど日常茶飯事。当たり前の光景である。我が家では「兄の矜持」という言葉を知ってから特に、弟にはお兄ちゃんの言うことは大抵聞かせているが、それでも上の子がバシッと手を出すことも多々あるので、まぁ、ひっちゃかめっちゃか。


面白いのは兄弟でタッグを組んで、親にブツブツ文句を言うことである。


何かイヤなことがあったとき、以前は長男が一人で、
「お父さんなんかいなければいい。」
と言っていたのだが、今となっては、
「なぁ○○○(弟の名前)、お父さんなんかいなければいいよなぁ」
と弟に何やら吹き込んでいるのだ。それに対して次男も、
「おぅ」
と偉そうに答えているから、このヤローと思って余計に構ってしまうものだから、さらに輪をかけて煙たがられてしまうわけだ。


息子たちには何回「いなければいい」と言われたか、何回「死んじゃって」と言われたか・・・。何回じゃなくて何十回だな。今となっては耳にしてもスルーしている。

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090414 天皇即位20年

昨日、地区子ども会があり、参加されたPTAの地区評議員の方から次のように訊かれた。
「11月12日は学校だけ休みになっているんですけど、そうなんですか?」


あわてて年間予定を確認すると、確かに休日の扱いになっている。そして、そこには、「天皇即位20年」と記されている。


     ◆


集団下校訓練があったが、その後に職員室でいろいろな先生に話してみると、
「あれ?もう、それって国会通ったの?」
と、ある方。国会審議のものということすら知らなかった。なんでも、国民の祝日とするかどうか今国会で審議されるものらしい。言い換えると、まだ祝日になるかどうか決まっていないことらしい。未決のことなのに年間計画ですでに休みになっている本校は先取りなのか、それとも先走っているのか。結果はこれからわかることになるだろう。

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09読書024 趣味は読書

春休みを含めて、ゆっくり本を手に取る時間がなかったなぁと反省。そんな中、『趣味は読書』(斉藤美奈子、ちくま文庫)を読了。


著者のことをこれまでまったく知らなかったが、かなり著名な方らしい。そして、今度、地元紙に毎週日曜書評欄があるのだが、その選者にもなっている。


書き方は口語体がほとんどで、軽いジョークも織り交ぜながら(軽くないかも)なので、かなり面白い。そして、ネタばらしも。「ネタばらしはこのへんで」とか書きつつも、最終的には別の形でネタバレするように書かれているのもあったりして、笑える。


新聞での書評はこんな風に書けないよなぁと思いつつ、淡い期待を抱いてしまう。

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090412 ひと段落

現在13時55分。
この時間が長く続けばいいのに、と思いつつ、日曜の昼下がりをまどろんでいる。


     ◆


金曜日、22時30分に帰宅。


土曜日、6時21分の電車で長野市へ。組合青年部の代表者会。新生県委員会のスタートである。自分も含めてみんな緊張していたはずなのだが、堂々と乗り越えられたと思った。
夜は気分よく懇親会場へ。それもそそくさと退席して、一路帰宅。乗り過ごすことなく、ちゃんと乗り換えもでき無事に帰宅することができた。


日曜日、7時からゴミゼロ運動へ。時間に少し遅れてしまった。それでも今年は大がかりなそうじまでやったから、少しだけ気分すっきり。いったん家に帰って朝食を取ったらPTAのゴミゼロ運動へ。今回は徒歩でちょっとした運動も兼ねて集合場所へ。思ったよりも近くて、天気もよかったことから気分がよかった。
すべて終えて帰宅したら9時。そのまま布団に入って12時までぐっすり。そして今に至る・・・。


     ◆


ひとつの週末を乗り切った。こんな感じで6月までまっしぐらだ。がんばろう。


さぁ、まずは組合の宿題をやっつけなくては。

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090411 生意気、そして、謙虚であれ

かつて、とある方のブログで勉強させていただいた言葉である。


“若者は生意気であれ。そして、謙虚であれ”


このように並列だったか、それとも「生意気だけど謙虚であれ」だったか、正確に思い出せないのだが、最近、この言葉をよく思い出す。自分は若者ではないと思う。でも、実際のところ職場では下から数えた方が断然早いし、地域の保護者としても下の方だと思う。


生意気すぎてもいけないし、素直すぎてもいけないと思う。そして、生意気なことを言ってもそれを受け止めてくれる人がいることも忘れてはいけない。


自戒。

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090410 ぼうずめくり

春休みからのことなのだが、ここのところ毎晩「ぼうずめくり」をしている。次男たっての要望である。


帰宅すると、
「お父さん、おかえりー。ぼうずめくりしよ。」
と歓迎しているのか、ぼうずめくりができると思って喜んでいるのかわからない言葉をかけてくる。


そんなこんなで毎晩の恒例行事になってしまった。


     ◆


昨年の正月には初めてカルタをやった。このときは長男が善戦したのが記憶に残っている。実はこの後、次男がカルタにはまっていた。そして、今年の正月にカルタをやったときには、親も勝てないほどに息子たちが成長していた。


また、今年は初めてぼうずめくりにも挑戦した。それが今のような形につながっている。このまま行ったら来年は百人一首になっているのか???五色百人一首でも買おうかな。

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090409 「笑っちゃえ」

いやぁ、忙しくなってきた。思わず笑ってしまうほどだ。


前任校の生徒指導主任から教わったこと、それは生徒の問題行動があったときは「楽しめ」ということ。不謹慎な言葉のようにも思われるが、何か起きたときに心に余裕がないと、生徒の本当の想いに心を寄せることはできないし、こういったことがあるから学校は忙しくもあり、かつ、教員の仕事はやめられないのだと感じる。そりゃぁ、毎日毎日のことになったら笑っていられないかもしれないが。


今回は別に子どもたちのことで忙しくなってきたわけではない。それが切ないことでもあるのだが、これだけ大変になってくると「ワッハッハ」と笑って「すげぇ仕事量だぁ!」と開き直ってみたくなる。


そもそも「忙」という字は、「心」を「亡」くすと書きあらわすのだから、笑って取り組めることの方が幸せだろう。

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090408 子どもたちがいてこそ

昨日は3年生にとっては初の6時間授業。自分にとっては2年ぶりの6時間授業。子どもたちの方ががんばっていたような・・・。夜もすぐに寝てしまったほどだ。


6時間授業ということで子どもたちが下校してからすぐに17時を迎える。そこから自分の仕事をしてもあまり時間はない。それなのに気持ちが充実している。あの春休みの忙しさとは違うのだ。


これはやはり子どもたちが登校しているか否かの違いだろう。目の前に子どもたちがいることで、頭にくることもあるし、ついつい口を出したくなることはあれけれども、それらを差し引いてもやはり彼らのおかげで自分の心の安定があるのだと感じる。昨日なんかはいつにも増して彼らの頼もしく、思いやりのある姿がいくつも見られた。


自分は教員である。

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090407 「なぜ?」を大事に

小学校3年生の担任になって、理科や社会を教えることに不安を抱えている。小学校6年を担任して以来だから、7年ぶりということになる。


そんな中、昨日は社会と理科の「学級開き」。子どもたちは始業前から教科書をぺらぺらめくって眺めては友だち同士でしゃべっている。指導要領の内容をかみ砕いて話したりしようかと考えていたけれども、楽しそうに未知の教科について思いを巡らす子どもたちを見たら、そんな難しい話はやめようと思った。そして、社会は「何を学ぶ教科か?」問うて、子どもたちに答えてもらった。


子どもたちはたいしたものである。教科書を数分見ただけで、どんなことをやるのかがわかっているのだ。


     ◆


そして迎えた理科の時間。社会同様にどんなことを学ぶのか聞いたところで、パフォーマンスを行った。(社会で同じことをやっているのだから、二番煎じでは子どもたちだって飽きてしまう。)


それは初任の指導教官が見せてくれた理科の「学級開き」だった。手を触れずに風船を割るというもの。種明かしをしてしまえば、風船をセットするときに、指に灯油をつけておいて、その灯油によってしばらくすると風船が割れるのだ。割れるときは手が風船に触れていないので、あたかも「念力」(?)によって割れたかのように見える。


子どもたちは予想通り(??)、
「なんで割れたの?」
と食いついてきた。そう、その「なんで?」が大事なのだ。そこから「きっと~だろう」という仮説があり、実験があり、考察があって、同じ実験を繰り返したり、新たな疑問が湧いたりと続いていくのが理科だと思っている。<理科=実験>ではないのだ。


     ◆


このパフォーマンスでは1つ大きな誤算が。


これは子どもたちが席について見たり話を聞いたりするという前提の下にある。しかしながら、我がクラス。疑問に思うことがあったら即座に行動を始める。そりゃあ、
「あっ、ここに何かある!」
と、灯油の入れ物を発見するってモンだ。これはゼッタイに『学び合い』の成果である。子どもだましは通じないのである。

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090406 入園式&学級開き

今日は次男の入園式である。学校では始業式後の最初の登校日である。どちらも大事な一日である。自分が保育園の保護者会の仕事がなければ、入園式には出席しない。両親がそろって出席する必要などないとすら思ってもいる。今年ばかりは仕方がないので、年休をいただいて保育園の方に向かうつもりでいる。


学校の方はしばらく自習体制を組むことになるが、多少落ち着かないことはあっても、きちんと取り組める子どもたちであると思う。そこは信頼関係であり、「きちんとできるかなぁ」と心配してしまうのは彼らにとって失礼なことであるし、担任として心配する気持ちは当然持ち得てもいいと思うが、信頼することで子どもたちも伸びると思う。


自分が職員室で校長不在のときに、校長から「私がいないけど大丈夫ですかねぇ」などと心配されるより、「大丈夫ですよね。では、お願いします」と言われた方が責任感を持つというか、頑張るような気がするのである。


そして戻ったときに、きちんとねぎらいの言葉をかけたり、感謝の言葉をかけたりできる教師でありたい。

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090405 時間がほしい

4月5日 怒濤のような1日


朝は寝坊。前の晩、保護者会の総会資料を作成していて結局日付が変わってしまった。最近、日曜の朝が起きられない。


朝食後、すぐに学校へ。
 連絡ノートの作成
 保育園保護者会資料の確認
 教材選定のため見本を全て自宅に持ち帰る
 教室の片づけ
などなど。


13時頃帰宅。昼食後は息子たちと外で遊ぶ。初めは断ったのだが、あまりにもショックだったらしく泣いてしまい、申し訳ないほどだった。キャッチボールをしたり、バッティングピッチャーをつとめたり。まぁ、ホントに我が家の子たちは家の中にいる時間が短い。


しばらくすると1つ学年が上のお友達が近くを通りかかり、一緒に遊んだ。そうこうしているうちに時間は15時。家の中に入って教材選定を行う。外の子どもたちの様子を気にかけながらの2時間で教材を選ぶ。


18時前後に短時間寝て、風呂に入って、夕飯食べて、19時30分には布団の中へ。


もう一日休みがほしい。

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090404 ささくれだった心

なんだろう?昨日は学校を出るときに心がささくれ立っているように感じた。


「このまま帰ったら家族に八つ当たりをするかもしれない。」


そう判断して、家に電話。しばらくコンビニや書店を回って、本を読んで眺めているうちにようやく鎮まり、落ち着いて家に帰ることができた。


     ◆


学校全体に関わる業務に追われ、自分のための仕事がほとんどできていないことが大きな原因と思われる。それだけ自分の仕事が遅いということなのだが。


勤務校3年目。自分より赴任年数(?)が長い方も少なくなってきているために、何かと自分が仕事を引き受ける、というか勝手にやってしまっているのかもしれない。


もっとワガママに自分の仕事をやってしまおうか…、そんな考えも頭をよぎったが、コンビニ巡りをしたおかげで、芽を出し始めたそんな独り善がりな考えもしっかり摘み取ることができた。


     ◆


そして、今日。RSS登録しているサイトで「Giveの五乗」という言葉を知った。そうだ、そうなのだ。そして、「情けは人のためならず」という諺だってあるではないか。


金曜日はもう少しで人としての品位を下げるところだった。

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090403 滅私奉公

この「滅私奉公」という言葉はいい意味なのかどうなのかよくわからないが、今日の自分の頭に思い浮かんだ言葉がこれだった。


自分の仕事は後回しなのである。そりゃあ、帰宅が22時にもなるというものだ。


ついつい「~のに」という想いも頭の中を駆け回るがすぐに相田みつをの詩を思い出す。そうだ。「のに」がついたら愚痴になるのだ。後回しにしているのは自分。そうすると決めて行動しているのも自分。これでいいのだ。


子どもたちも含めて、いろいろな人に気持ちよく過ごしてもらえば、それでいいのだ。まずは明日の、というか今日の入学式。人生の大きな節目を飾るお手伝いに少しでも関われるといいい。

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090402 しっぽり飲みたい

4月1日は教員にとっての元旦。新任の先生方との顔合わせの日でもある。しかも今年は校長先生も新たに迎え、着任の会があったりすると例年とは違った心持ちになる。


それにしても、この日の忙しさは毎年変わらない。


     ◆


夜は歓迎会。あっという間に終わった一日を振り返りながら飲む酒はうまいのか、苦いのか、色々な味があったように思うが、楽しいひとときであったことは確かである。
「これで210分の1が終わりましたね。」
と言ったら、
「今日は210には入っていないよ。」
とすかさずツッコまれてしまった。そうだった、出席日数には入らない一日だった。でも、重みのある一日であった。


歓迎会の二次会はいつものお店に。そこはカラオケもできるのだが、本校の先生方はあんまり歌わない。自分も歌いたいとはあんまり思わない。歌うのならば、あぁだこぅだと深イィ話をしたいのだ。


・・・と、他の学校の先生が歌う賑やかな店内で思いを巡らせた。

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090401 離れてわかる有難み

昨日、3月31日は年度末。勤務校では新年度準備ということで朝から夕方まで大わらわ。自分の仕事をする時間はほとんどなく、落ち着かない一日だった。


多くの人が退庁した後、自分のクラスの仕事や残った学校の仕事を始めた。その中には貼り付ける氏名入りシールを準備したり、紙のリサイクルのために一度使った紙の裏にリサイクルマークを印刷したりした。


勤務校に異動してきて驚いたことが、この「リサイクルマーク印刷用紙」だった。


前任校でも一度使った紙でも裏が白く残っていれば再利用していた。これはほとんどの学校でも行われていることだと思う。その学校では自分が印刷した面はともかく、裏面は自分の印刷物とは全く関係がないのだから手持ちのボールペンや蛍光ペンで「裏面ですよ~」とわかるように印を入れるのだが、これが意外と大変な仕事だった。なにせ職員会資料でも30枚は必要なのだから。


それが異動してきたら、親切にも「リサイクルマーク」が印刷されていて、しかもこのマーク(多数あるのだが)には背景に灰色が設定されているので、自分の印刷物に関係のないものは見えづらくなっている。細かなことではあるが、仕事の能率面、先に印刷された内容が見えづらくなるという面双方に配慮されていて、すごくうれしかった。


     ◆


年度末の異動に伴って、この「リサイクルマーク」を印刷しておく役目を自然と自分が担うことになった。情報・視聴覚という係だから、という気もするが、よくよく考えてみれば事務の先生にお願いしてもいいことではある。じゃあなんで自分が…、と考えてみると、この3月に異動する先生がそれを自主的にやってくれていたからだ。その方は中学の情報・視聴覚係。本校の目立たないところで文字通り「骨折って」働いていらした方だ。


自分が勝手に仕事を引き継いでわかる。この「マーク」の印刷は結構面倒である。リサイクルであるから、用紙に多かれ少なかれシワがある。完全に折れ曲がっている紙まである。そのため、「マーク」を印刷しようとすると機械がその都度ストップしてしまうのである。


年度末休業は毎日のようにリサイクル紙が出てくるので、2~3日に1回は作業しておかないと大変なことになる。こういった作業をこの異動まで数年も続けてこられたのだからそれだけでも頭が下がる。


「それだけでも」というのは、その方が他にも数え切れないほど日に陰に尽力していたからだ。今になってようやくその仕事量の多さに気づく。


     ◆


今日からの新年度、自分がどれだけ大きな穴を埋められるかわからないが、異動してきた自分が感じた働きやすさを、今日から加わる同僚にも感じてもらえたら幸いだ。そういう意味では今年の自分には職場の潤滑油になることがテーマかもしれない。

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090330 充電

まだ2日前ということになるのか。30日に家族で岐阜へ出かけてきた。


きっかけは息子たちの一言。
ジョイフルに行きたい。」
どうやらテレビCMで見たらしいファミリーレストランの名前が出てきた。しかしながら、長野県内には存在しない店舗である。そこでネットで店舗検索をしたところ、一番近くにあるのが岐阜・愛知だとわかった。そこで、メインはジョイフルとして、あとは親の都合で土岐プレミアムアウトレットへも行くことにした。


     ◆


朝はゆっくり9時頃に出発。保育園があるときとさほど変わらない日程だったから、とてものんびりとした朝になった。そのムードをそのまんまドライブにも。19号線を南下。中津川で高速になるつもりでいたけれど、あまりにも天気がよくてのんびり行きたい気分になり、恵那まで一般道を進む。


高速を短時間経て、一般道に戻ってほどなく、ジョイフルに到着。駐車場にいるときに長男なんかは興奮して、
「連れてきてくれてありがと。」
と一言。11時30分の段階で一日のめあてが達成された。


     ◆


おまけとなってしまった土岐プレミアムアウトレットだが、ここもよかった。軽井沢のように広すぎず、小淵沢のようにコンパクトすぎず、我が家にとってはちょうどよい大きさ。遊具もそなえられていて、子どもたちもちょっとした公園に出かけた気分になれただろう。


買い物はというと、アディダスで一家全員の靴を総計8000円で購入し、みんながホクホク顔になれたし、自分の物も買ってもらえた。
「お父さんに少しはいい物をかってあげられてよかった。」
という妻の一言に感動。ありがたや、ありがたや。自分の方こそ色々買ってあげられていないから、5月を過ぎてお腹がペッタンコになったら何かプレゼントしてあげよう。


結局、アウトレットには17時30分頃までいつづけてしまった。


     ◆


帰りは我が家恒例の日帰り温泉施設へ。今回は天光の湯をアウトレットの情報センターで紹介してもらった。


慣れない土地では高い出費になってしまうが、我々親としてもリフレッシュできるし、子どもたちにとっても、一日中かけずり回って(今回も地べたにはいつくばっていた…)汚れた体を入浴できれいにできるし、時にはそこで夕飯も済ませられる。そして、休憩室などで歯磨きを済ませたら後は寝るだけ、となれるから、この習慣はやめられない。


今回訪れた天光の湯も気持ちがよい施設だった。壺風呂ならぬ壺岩風呂は結構気に入った。


子どもたちは子どもたちで、帰りの車に乗車して10分足らずで夢の世界へ。20時前だったから、いつもに比べればはるかに早い就寝。おかげで親も帰途、コンビニに立ち寄ってさらにリフレッシュ。それでも21時30分には帰宅して22時にはみんなそろって寝られるのだから、なんともうれしい限り。




忙しかった年度末休業だったが、久しぶりに学校のことも組合のことも全て忘れて一日過ごすことができた。充電はバッチリだ。

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