090407 「なぜ?」を大事に
小学校3年生の担任になって、理科や社会を教えることに不安を抱えている。小学校6年を担任して以来だから、7年ぶりということになる。
そんな中、昨日は社会と理科の「学級開き」。子どもたちは始業前から教科書をぺらぺらめくって眺めては友だち同士でしゃべっている。指導要領の内容をかみ砕いて話したりしようかと考えていたけれども、楽しそうに未知の教科について思いを巡らす子どもたちを見たら、そんな難しい話はやめようと思った。そして、社会は「何を学ぶ教科か?」問うて、子どもたちに答えてもらった。
子どもたちはたいしたものである。教科書を数分見ただけで、どんなことをやるのかがわかっているのだ。
◆
そして迎えた理科の時間。社会同様にどんなことを学ぶのか聞いたところで、パフォーマンスを行った。(社会で同じことをやっているのだから、二番煎じでは子どもたちだって飽きてしまう。)
それは初任の指導教官が見せてくれた理科の「学級開き」だった。手を触れずに風船を割るというもの。種明かしをしてしまえば、風船をセットするときに、指に灯油をつけておいて、その灯油によってしばらくすると風船が割れるのだ。割れるときは手が風船に触れていないので、あたかも「念力」(?)によって割れたかのように見える。
子どもたちは予想通り(??)、
「なんで割れたの?」
と食いついてきた。そう、その「なんで?」が大事なのだ。そこから「きっと~だろう」という仮説があり、実験があり、考察があって、同じ実験を繰り返したり、新たな疑問が湧いたりと続いていくのが理科だと思っている。<理科=実験>ではないのだ。
◆
このパフォーマンスでは1つ大きな誤算が。
これは子どもたちが席について見たり話を聞いたりするという前提の下にある。しかしながら、我がクラス。疑問に思うことがあったら即座に行動を始める。そりゃあ、
「あっ、ここに何かある!」
と、灯油の入れ物を発見するってモンだ。これはゼッタイに『学び合い』の成果である。子どもだましは通じないのである。
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コメント
今年度もよろしくお願いします。このネタ,いただきます。
投稿: kiri | 2009年4月 9日 (木) 午前 09時58分
kiriさん、コメントありがとうございます。
保育園の挨拶のお礼に、どうぞ使ってください。恐縮です。
投稿: すみもん | 2009年4月10日 (金) 午前 06時20分