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090210 教員としてうれしいこと

昨日、九九の確認をした。先週の初めまで二の段・三の段ぐらいしか言えなかった子が、すべての段を一気呵成にまくし立てるかのごとくスラスラと言えるようになっていた。


5時間目の終わりに全員の前でも発表してもらい、拍手喝采。そして、自信のあること競争したが、見事に勝利した。


     ◆


2月9日の月曜までにまだ九九を覚えていない子は覚えておくんだよ、と言ったのが先週月曜日。それから一週間足らずでのことだ。完全に私の予想をはるかに超えている。自分は「覚えておくんだよ」と言ったに過ぎないのであって、彼女は「覚えて早口で言えるようになっていた」のだった。


こういう瞬間は教員としてうれしいものだ。


自分の言うことをその子が聞いたからうれしいのではない。自分の予想・期待を越える姿を子どもが見せてくれたのがうれしくて仕方がない。だから子どもたちも「見くびっていました。すみませんでした。」と頭を下げることがある。


     ◆


教える側の力量しか教わる側をのばすことができない。


そういう言葉を目にしたり耳にしたりすることがある。それも確かに一理ある。しかし、その前提は、教える側の言うことを忠実に守り、自分で考えることをせずにいたならば、というものだろう。自分としては、子どもたちが担任を超えていく姿を見るのが教師冥利に尽きる一瞬である。(「守破離」とはこのことか?)だからこそ、「先生の言うことだけでは先生を超えられないぞ」とハッパをかける。昨日はまさに今まで言ってきたことが体現された日だった。

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