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090126 多忙と多忙感

こちらのブログを拝読して考えた。確かに多忙と多忙感は異なる。


世間で「先生たちは忙しい」と言われ、教育界でも「我々は多忙な毎日を送っている」という感覚が流布している。果たして本当に忙しいのか?


自分は組合もやっていて、多忙な毎日をいかに解消していくかにも取り組んでいるが、まったくもって個人的な感想を申し上げれば、教師は多忙ではないと思う。しかしながら、多忙感に覆われていることは否定しない。


世間からの要望(社会一般からの教育界に対する期待・施策・バッシング)、保護者からの要望などなど、我々と取り巻く現状は十数年前とは異なると思う。故に多忙ではないのだが、感覚としての多忙感がこの世界に蔓延しているのだろう。『学び合い』のように、“期待しているよ”と信頼されている方がよっぽどマシである。


自分はというと、「忙しい」とは思っていないから、18時には学校を出るし、自分の子どもたちと過ごす時間もある。裏を返せば、18時には学校をでるように「心がけている」し、自分の子どもたちと過ごす時間をとろうと「心がけている」。


まあ、研究指定校で様々な制約の中で校務をしなければならないのならいざ知らず、自分のように所謂ふつうの学校に勤めているのであればこそ言えることでもある。あとは『学び合い』の考え方があることも大きな要因であるとも思う。

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