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履修主義と習得主義

新指導要領が公示(?)告示(?)されてから、ずうっと頭の中にあるのがタイトルの言葉。


これまでは前者「履修主義」的な考え方が自分を覆っていた。つまり、とにかく教科書や何らかの道具を用いて「教えた」ことが大事である、と自然に考えていた。例えば、子どもたちが新しい単元に入ったときに、
「えっ、覚えていない!」
と関連事項を忘れていた(正確には身についていなかった)としても、
「先生は確実に教えた!!」
と、子どもたち以上に眉をつりあげてアピールしていた。


世の中としても世界史の未履修問題があったときに、あわてて授業時数だけ確保していた。時数を確保すれば、生徒が学んでいなくてもいいということなのか、と感じた。(『奇跡と呼ばれた学校』荒瀬克己著、朝日新書を読んでそう思った)


     ◆


今は「習得主義」なのだと思う。

『学び合い』の考え方の比重が大きいと思うが、「教える」ことよりも「学ぶ」ことを重要視するようになったことを認識している。話は逸れるが「教える」の主語は「教師」であり、後者「学ぶ」の主語は「児童・生徒」である。そのあたりを意識するようになり、職員会などの諸会合での話題にも「主語」を念頭に置いて話したり、聞いたりするようになった。


本題に戻ると、子どもたちが「学ぶ」ことはアウトプットしないと学んだかどうかがわからない。人の頭の中は見えないからだ。手段としては作文であり、テストであり、または子どもたちの行動という出力の仕方もあるだろう。


     ◆


別の言い方をすれば、「わかる」と「できる」の違いかもしれない。

まとまらないけど、今後の指針としてメモしておきたかったので、できてよかった。

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