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2008年2月

熱性けいれん

2008年2月24日 日曜日 午後1時50分頃

次男が突如意識を失った。

     ◆

自分は松本市で会合があり、家族とは塩尻駅で待ち合わせることになっていた。電車の到着時刻は14時04分。私は遅れること14時10分に塩尻駅に到着した。(自家用車)

到着するやいなや、すぐに妻から電話が。
「今、○○○(次男の名)が意識なくて、岡谷駅にいる。救急車の人に見てもらっている」
とのこと。

もう頭が真っ白状態。何が何だか・・・。

とにかく塩尻駅から岡谷市へ向かうことにして、車を走らせた。
こんなとき、ステレオから何も聞きたくない。音を消し、次男の無事を祈る。テレビドラマではないけれども、顔がひきつって、
「○○○ーーーーーーー!!!!!!」
と次男の名前を連呼する自分がいた。

最悪の事態が頭をよぎった。

そういえば、朝、いつもやっていた「高い高い」をやっていなかった…。
物事を悪い方へ考えてしまう。

     ◆

すぐに高速道路に乗り、中央道を上る。
日曜日の昼下がり。道路は混んでいる。それでも、とにかく早く進ませてくれ、そう願いながら車を走らせた。とにかく何度も何度も次男の名前を叫んだ。

搬送先の病院を聞き、ほどなくして到着。救急室へ。

酸素マスクをする次男を見る。
長男が近づいてくる。
妻は次男に寄り添って、名前を呼んでいる。

「○○○!」
呼んだとき、ふと目を開けた。

どうやらグッタリしてから初めて目を開けたらしい。
父親の声に反応したのかどうかは知らないが、ひとまず安堵した。

涙があふれてきた。
こう綴っていながら、当時の状況がフラッシュバックしてきて、また泣けてきた。
とにもかくにも、死ななかった。よかった、本当によかった。

     ◆

救急室から小児病棟に移り、医師と看護師さんへ意識を失った時点の状況を妻が説明した。

それによると、妻が抱っこをしていて電車に乗っていた。
岡谷駅で9分間の停車中、急に次男の首に力が入らなくなった。
黒目が少し見えてはいたが、ほとんど白目の状態になった。
すぐに運転士席の乗員に声をかけ、救急車を呼んだ。
救急車を待つ間、駅員室でまたせてもらった。
駅員さんの配慮により、次男が舌をかんでしまわないよう、妻が指を次男の口に入れていた。
妻の指からは出血し、駅員さんがこれまた配慮してガーゼを用意して下さった。

あとは救急隊員さんが来て病院へ。

     ◆

ラッキーなことが続き、そして駅員さんのご厚意とご配慮によって、次男の一命を取り留めていただいたと言っていいと思う。

もし岡谷駅に停車しなかったら・・・。
すぐに救急車を呼べなかった。呼んでも市街地からはほど遠い駅になってしまっていた。

もし駅員さんの配慮がなかったら・・・。
次男が自分の舌をかんでいたかもしれない。

もし妻が自家用車で移動していたら・・・。
確実に次男の異変の発見が遅れていただろう。

     ◆

妻は「ごめんね。」を繰り返した。

そんなものは関係ない。自分にだって「ごめんね」がある。
いつもの「高い高い」をしてやれなかったのだ。

周りの方々にただ感謝だね、妻にはこう返した。

     ◆

幸い、脳症や脳炎(同じものか?)ではなく、単なる熱性けいれんではないかという診断に落ち着いた。

実は昨年にも一度けいれんを起こしていて、その時は1~2分で意識が戻ったので精密検査を受けていなかった。

今回は30分以上も意識を失っていたので、今後の生活でも気をつけなければならない。

     ◆

当たり前に楽しい生活を送ってきた家族。
でもそれは「当たり前」に感じていただけで、とても贅沢な時間であったことを今回のことで教わった。

今はまだ次男は入院している。土曜日には退院できるのではないか、ということだ。そう報告する妻も次男に付き添って病院にいる。ご飯のことなど不便なことが多々あるだろう。

長男と自分は「父子生活」を送っている。

初めこそ、妻の実家から仕事・保育園に通っていたが(片道約70㎞)、水曜日から勤務地の住宅で過ごしている。

とにかく長男が頼もしく思えて仕方がない。
父親の顔が見えないと怒り出す寂しがり屋ではあるが、母親と離れて暮らしている今、誰よりも頑張って、辛抱しているのではないだろうか。
次男が誕生するときとは雲泥の差だ。

あの頃は父親との風呂なんかイヤだ、ご飯もママに食べさせてもらいたい、と泣いてばかりだったのに・・・。大きくなっているな、、、。ありがとう。

     ◆

義父母も含めて、「家族」ということを意識させられた次男の病気。
もう二度と同じ目に遭いたくないが、いい経験にしていけると思う。

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祝!目標達成!!

『学び合い』で進めてきた漢字学習。
【全員が8割以上の点数をとる】の目標を、昨日初めて達成できた。

やったぁぁぁぁぁぁぁ!

採点をしたのが2校時。(子どもたちは音楽で不在)
喜びを押し殺して休み時間と3時間目を終えて、4校時に返却。

「報告します。目標は・・・・・・、見事達成しましたっ!」

「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

とも何とも言葉にならない雄叫びが教室中に響き渡った。


今回は15点満点。
全員が12点以上とるという目標に対し、最低点は13点。平均は14.4点。これは10点満点に換算すると、最低点が8.7点、平均が9.6点だった。

とにかく子どもたちに感謝である。
いろんな子どもたちの成長が見られた。

が、

これで終わりではない。
ここからが本当のスタートだ。

「もっともっと」求めていこう。

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持ち物調べ

今日、職場で各学級の朝・帰りの会の活動内容表が配付された。
それぞれのクラスで中身がずいぶんと違うものだ。

自分のクラスでは、

 ≪朝の会≫
①歌
②健康観察 
③持ち物調べ  
④先生の話

 ≪帰りの会≫
①配付物
②連絡ノート記入・添削
③先生の話
④帰りの仕事
⑤整理整頓

となっている。

ほとんどは野中先生の実践を参考にしているが、帰りの会の“②連絡ノート記入・添削”はちょっと違う。これはまた別にしておこう。

     ◆

さて、朝の会の“③持ち物調べ”だが、行っているのは自分のクラスのみ。意外な気がした。そう思えばランチルーム前の手洗い場でハンカチを使っている子が非常に少ない。

クラスでは、ハンカチ・ティッシュなどの他に、鉛筆を削ってきているかも確認している。もちろん係の仕事として任せている。

数日間忘れることが続いても、その場で叱責することはせず、その後の“④先生の話”で、風邪予防のために手洗いが必要であり、友だちのを借りるよりは自分のを使って欲しいと全体に対して話をしている。

宿題の提出忘れなど、調べなくてはいけないことはあると思うけれど、ハンカチ・ティッシュは最低限持たせておきたい。自分が小学生の時はハンカチなど持っていなかったが・・・。罪な教師である。

そういえば、最近は忘れ物をした子が、連絡ノートの持ち物欄に「ハンカチ」「鉛筆の芯」と書いてくることが増えてきた。

叱責をしなくても意識している子がいるのはうれしい。

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生活リズム

最近、妻と一日の生活リズムのことで話をする。
何とかして子どもたちを早く寝かせられないか、というテーマだ。

夕飯の前に風呂を済ませられればベストだが、保育園の友だちが遊びに来たり、用事があればなかなか難しい。しかも今は真冬。寝るときには身体が冷え切ってしまう。

とりあえず、色々と試してみることにした。

まずは子どもとの「戦いごっこ」。
これをしなくては寝られない。

今までは全部済ませて、寝る直前に戦っていたけれども、妻と次男が入浴中にやってしまえば長男も納得して「休戦」することができるのではないか、と考えた。

甘かった。

「もっと戦う!!!」と余計に闘争本能をかき立ててしまったようだ。
仕方がない、他の方法を考えよう。

とりあえず今日からは、出勤時間を早めることにする。
今まで7時35分頃だったのを、30分ほど早めて、学校で事務処理などをやっつけられるようにすれば、帰宅してからの仕事の負担が減るのではないかと考えた。気持ち的な余裕も生まれるといいのだが。

とにかく“模索”という言葉がピッタリな毎日だ。

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「夜スペ」について一考

どうにもこうにも意見を述べたくなって、学級通信でも取り上げた。
ブログにも(加除修正して)アップしておきたい。


「東京都杉並区立のある中学校で放課後、成績上位層に対し、進学塾講師による入試対策の有料授業(夜スペ)が実施され話題になっている。公立が私立に進学のうえで対抗するすべとして賛同の声も少なくないようだ。しかし、この学校は従来の学力観、知識注入の学習法、日本の進学方式(試験偏重)という現状を是としたうえでの妥協案を提示したにすぎない。」


と新聞の記事に書かれてた。
(信濃毎日新聞2008年2月18日付 教育欄「コンパス」より)


上記の「夜スペ」については東京都教育委員会から“待った”がかかったりして報道もされたので、有名になった。この「ある中学校」というのは杉並区立和田中学校のことで、校長は東京都で民間人初の公立中学校長となった藤原和博氏ということは知られているのだろうか?


上記記事にある「この学校は従来の学力観・・・」はまったくもって見当外れで、和田中学校こそ総合学習(よのなか科)が全国的に注目されてきた学校でもあり。本県でも「よのなか科」を真似て総合的な学習の時間を進めている中学校がある。


だからこそ、この学校は「ゆとり教育」を進めて、全国的に名の知れた学校なんだと思う。


その学校が「夜スペ」を導入したのには報道されているような、成績上位層だけを優遇するような背景があったようには思えない。ここからは全くの私見だが、「夜スペ」を受講する子は通塾していなかった子が多いのではないか。(この時期に新たに塾に通える子は、塾に行っていないのではないか)

そして「夜スペ」では提携している学習塾の通常より安い講習料で講義を受けられるのならば、塾に行きたくても行けなかった子を“救済”する意図もあったように感じる。また、会場がいつもの校舎であり、時間帯も放課後であることから、遠くの塾に通う必要がなく、時間的な余裕も子どもたちに生み出せる気がする。


藤原氏は著書『新しい道徳』(ちくまプリマー新書)で以下のように述べている。(ちょっと長いけれど引用したい)

=====引用開始=====

日本の教育界は、完全に、流れを読み違えているのである。
これはいったい、どういうことだろう?(中略)
この解明こそ、大人たちが陥っている「学力不眠症」を癒す鍵だからだ。

たとえば、公立校出身の高学歴の親でさえも「小学生を夜遅くまで塾に通わせ、なんとしてでも中高一貫の私立に入れることが勝ち組になる条件だ」「東大を頂点とする学歴社会で勝ち残るためには、寝ないで勉強した方が得だ」と考えてしまう症状があるが、これは根拠のない誤解である。

しかし、大半の親がそう信じ込んでいると、親と子も、この波から抜け出るのは難しい。結果、学力の高い子どもたちまで早寝、早起きの習慣が崩れてしまい、ゲームやケータイに夜遅くまで興じる傾向の強い学力の低い子どもと合わせて、日本の子どもたち全体の内容と精神が蝕まれてしまう。

この流れを変えることなくして、教育改革もへったくれもないだろう。


=====引用終了=====

「この流れを変える」ための手段の1つとして「夜スペ」が設けられたように私には思える。


別に新聞記事を批判しているのではなく、人によって物事の見方がずいぶん違うなぁと感じたので、こんなにも長々と綴ってみた。

少なくとも一方的な見方はしたらまずいと思う。
自分も気をつけていることではあるけれども、多面的に物事をとらえられるようにしたい。

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13 ソロモンの指環

まだ今年13冊目の読書。2月に入ってからは1~2冊目だ。
意図的に読んでいかないと、年間100冊はかなり難しい。
う~ん、何とかして、まずは量を確保しよう。

     ◆

さて、今回読んだ『ソロモンの指環』(コンラート・ローレンツ、日高敏隆 訳、ハヤカワ文庫)は、別の本で紹介されていて興味を持ち、「積ん読」状態になっていたもの。ようやく日の目を見た。

読んだところは動物の抑制機能の話。

猛獣とも思われるオオカミが同属のものを攻撃する際に、死に至らしめるまでの攻撃をせずに抑制するのに対して、大人しく平和的な「イメージ」のあるハトやシカは同属のものを完膚無きまで攻撃する。

まさに人間の持っている「イメージ」とは対照的な行動である。

著者は動物行動学者であり、単なる思いつきで書かれているわけではない。そして、最後には人間の抑制機能についても書かれている。人間の抑制機能がもっとも未発達であると述べている。

     ◆

なぜ、この本に興味を持ったか。

上記の抑制機能が人間に当てはまると思ったからである。

最近報道される悲しいニュースは、「なぜあの人が」「いつもは大人しく目立たない子が」と周囲で評される人が事件の当事者になっていることが多い。しかも、残忍きわまりなかったり、突発的だったりする。

動物に置き換えればハトやシカのような大人しくて平和的な「イメージ」な人であろう。しかしながら、そういう動物(人)ほど、相手を完膚無きまでに攻撃するということは本著では明らかだ。

自分がやってきた教育はどうだろう?

大人しく平和的な人間を育ててきてはいないだろうか?
エネルギーを爆発させる機会を設けてきただろうか?

そんなことを考えてしまうのであった。

現在は小1担任。せめて子ども同士のケンカは、道具を使ったり、無勢に多勢だったり卑怯でない限り、思う存分やらせたい。

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模様替え&日曜大工

昨日は今の模様替えに伴って、忙しい一日になった。

模様替えのためにホームセンターへ。そこで木材の下見をしたことがきっかけで、午後の日曜大工へとつながっていくのであった。

テレビ台の位置を変え、今まで本棚だったスチールシェルフを居間に移し、模様替えは終了。

しかし、ここで思い立つ。
「本棚を作ってしまおう!」

      ◆

ということで、寸法をとって、設計図のようなものを作成。
再びホームセンターへ。このとき13時。

2×4(ツーバイーフォー)を24本購入し、その他紙ヤスリや木ねじなど諸々も含めて約6000円。悲しいかな、田舎の小さなホームセンターでは木材カットまではやってくれない。

帰宅してギーコ、ギーコとのこぎりで切って、電動ドリルでばしばしとめていく。のこぎりで切り続けると、暑くなってきて、いい運動にもなった。

そんなこんなで午後5時30分。完成。

寝室と客間(?)の本棚が出来上がった。正味4時間なり。
これまでスチールシェルフに入れていた文庫本や新書、そして教育雑誌などが全部収まった。
寝室には子どもたちの絵本が全部収まった。
ぬいぐるみも飾れる。

仕事そっちのけでやったツケは、今週表れるかな?
その分、平日の仕事の効率化をさらに図ろう。

     ◆

夜、息子たちとともに9時就寝。
目覚ましもセットせずに、今朝は4時に起床。

石油ヒーターの灯油がきれていて、極寒の朝。
部屋の温度が0℃だった。シンジラレナイ・・・。

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ルーティンワーク

昨日の記事で自分の平日の様子をアップしたけれど、毎日をルーティンにするにはかなりの気力が必要だ。

ルーティンと聞くと、なんだか毎日毎日決まり切ったことをして・・・、とマイナス的なイメージを持つ場合もあるかもしれないが、自分はルーティンにしてしまうことこそ究極の姿ではないかと思っている。

もうすぐ教員生活8年目に入ろうとしている。
すでに勤務校は3校目なので、それぞれの学校で、それぞれの仕事があった。特に朝の時間の過ごし方は違っていた。

     ◆

現在は朝と帰りにやるべきことは決めている。

職場のパソコンにメモ箋人というフリーソフトをインストールしているので、デスクトップに出退勤時にやるべきことをメモっておいて、起動している時には常に目に留まるようにしている。

ちなみに、そのルーティンの中身とは・・・、
朝は教室ストーブの点火とプリントの印刷。
退勤時はTODOリスト(メモ箋人利用)の編集、机上整理、出席簿の記入にあと1つは忘れた・・・。

     ◆

とにもかくにも自分の仕事をルーティン化することで、効率よく仕事をさばけるように、仕事に追われるのではなく、仕事を追いかけられるようにしたい。

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自分の一日(平日編)

====== 自分の生活リズム(平日) ======

 4:30 起床(二度寝含む)

  ~学級通信作成・宿題作成・ネット~ 

 6:45 出勤支度・息子たちと戯れる・朝食

 7:35 出勤

 7:40 到着(近いということは何にも増して尊い)

  ~教室のストーブ点火・印刷物・児童の提出物の確認など~

 8:15 朝読書開始

  ~もちろん授業~

15:30 児童下校・見送り

  ~宿題添削返却・教室の片付け・雑務~

17:45 退勤

17:50 帰宅

18:00 夕食

  ~食後、子どもたちがテレビを見る合間に少し仕事~

19:10 入浴

20:00 息子たちと戯れたり、仕事をしたり

21:30 息子たちとともに就寝
 
=========================

大体がこんな毎日。(願望も多少はある)
睡眠時間が長いなぁ、と改めて思う。
これでも短くなったほうだけど・・・。

あとは、児童下校後の時間の使い方かな?
30分ぐらい読書できれば、自分にとって一番の研修だと思っているが、なかなかそうはいかず、結局16時頃まで雑多な仕事をやっつけている感じ。それでも低学年担任ということで、高学年の先生方に比べれば自分の時間は長い方だ。

退勤時間は日によってまちまち。
学校でしかできない仕事があるときは19時まで残ることはザラだし、金曜日は翌週のことを考えて、遅くまで残ることが多い。(飲みに行くにも、近くに居酒屋はない)

そして、金曜日は息子たちを寝かしつけて、起きていられれば夫婦で晩酌。これが今一番の至福のとき。

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長男の劇

今日は長男の保育園のひな祭り会。
時間は9:30~11:00。
長男は年少児なので、クラスの出番は10:00頃ではないか。

そして、ラッキーなことに自分のクラス(小1)は、2校時(9:50~10:35)が音楽。(専科の先生の授業。つまり、自分は空き時間)
これは年休をいただいて、保育園を参観しよう!ということで、走って保育園へ。

着いたら、ちょうど年少クラスの劇が始まったところだった。
ステージには自分の分身のような長男が。

直立不動でセリフをしゃべっていた・・・。

緊張しぃだな。

      ◆

年少クラス終了後、妻と次男と合流し、自分のクラス(小1)の保護者に挨拶をし、地域の方々にも挨拶をして、年中クラスの劇まで参観してきた。

今日は、
 ①教員
 ②父親
 ③子どもたちの担任
 ④地域の一員
 ⑤ただのオヤジ
と、様々な顔を持つ一日になった。

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全員集合

昨日、1月30日以来にクラス全員がそろった。
なんだかんだで欠席者が出ていたためだ。

しかも上記の1月30には自分が欠勤した日。
要するに、欠勤日から今まで欠席者が続いていたということだ。

風邪を、ウィルスを蔓延させた元凶?

まあともかく、全員がそろうということがこんなにも幸せな気分にさせるものなのか、ということを感じる一日だった。
教員としてささやかな喜びである。

それとともに、全員がそろうという「普通」のことに感謝したい。

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「文化」を考える

北海道の先生のブログで野中先生の学級の様子が詳しく紹介されていた。
自分がブログをやるきっかけは、野中先生と『学び合い』だ。前述のブログを拝読して、どちらも「文化」という言葉に置き換えてみることができるかもしれないと感じた。

野中先生の提唱されておられることはまさに「日常」を扱ったものであり、だからこそ我々のような経験の浅い教員にとって貴重な提言であると思う。

当たり前のことを当たり前のように続けていくことがどれだけ難しいことか・・・。

例えば朝の会がそう。

職員朝会が延びることもあれば、保護者や業者との急な連絡が入ることもある、子ども同士のトラブルもある、そんな「日常」において、「当たり前」を通していくことは至難の業だ。

であるからこそ、野中先生のおっしゃっていることは、教室に「文化」を創り上げることなのだと思う。また、『学び合い』も技術や方法論ではなく、同じく教室に「文化」としての『学び合い』を創り上げていくことなのだ。

似て非なることのようで、相通ずるもの、それが野中先生の主張と『学び合い』のような気がする。そして、その2つが自分の中に根付いている。

自分にとって両者はかけがえのないものである。教員としての自分の土台になっているとも思う。

今年で30歳になる。
土台の上にどんな自分を築いていけるか・・・。

土台だけはしっかりした考え方を授かっているだけに、これからは自分次第だ。

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次男誕生日

今日は次男の2歳の誕生日。
2年前の今日は、ぽかぽかとした、まさに「春」の陽気だった。

     ◆

里帰り出産だったため実家に戻っている妻から、早朝一報。
「ひょっとしたら・・・。」

確か、その日の朝の会で子どもたち(当時中2担任)に「ひょっとしたら生まれるかもしれないから、休みをもらうかも。」と話した気がする。

3校時まで授業をして、4校時から年休をいただいて病院へ。
車で約1時間30分。
この間、春の陽気と太陽の光が気持ちよく、高速道路から見た景色をはっきりと覚えている。

     ◆

病院に到着。

2人目ということもあってか、わりと落ち着いていられた。
陣痛室で待機している間も雑誌を読んだりしている余裕があった。

分娩室へ。

ちなみに、自分は長男・次男とも立ち会った。
妻の、まさに「必死」の形相がこの目に焼きついている。

そして、その「必死」の形相を約3年ぶりに目の当たりにした。
女は強し、母は強しだ。
とてもじゃないが、男はかなわない。

脱線した。

長男の時には呼吸法を上手く妻に合わせられず、助産師さんに
「旦那さん、奥さんにもっと合わせて!」
と叱られたが、さすがに次男の時には怒られずに済んだ。

ぬれタオルで妻の額をぬぐってやる余裕なんかもあった。
ようやく「力になれた」と思えた次男の立ち会い出産であった。

     ◆

2006年2月13日(月) 17時38分 すみもん家 次男誕生
 身長53.5㎝ 体重3920グラム

予定日ピッタリの出産だったのに、ビッグベビーだった。

     ◆

また話が逸れるが、このとき、胎盤を写真撮影した。
性教育の教材に使えないか、と考えたからだ。
はっきり言って職業病。いい迷惑だろう。

「すみません、胎盤を撮影しても良いですか?」
と恐る恐るお願いしたら、
「じゃあ、洗ってくるね。」
と言って、胎盤を洗ってきてくれた。

珍しいことではないのかな?
確かに、洗ったら前よりはきれいになっていたけど。

     ◆

さて、こんな職業病に冒された父ちゃんと、安産型の母ちゃんのもとに生を受けた次男は、より一層スクスク(ブクブク)育っている。(体重およそ14㎏)

そんな次男よ。生まれてきてくれてありがとう。兄ちゃんは意地悪をするが、それは父ちゃん譲りだ、許してくれ。

そして妻よ。かわいい息子を産んでくれてありがとう。家庭の中に唯一の女で、だんだん遊び方も激しくなってきているが、それは夫である自分の遺伝子が強かったからだ、許してくれ。

最後に長男よ。なんだかんだ言いつつ、弟を大事にしてくれてありがとう。最近は「妹が欲しい」と言い始めているようだが、父ちゃんはお前の数十倍の強い「娘が欲しい」想いがあるんだ、許してくれ。

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カルタ勝負!

昨日の夕方、長男が
「お父さん、カルタしよ。」
と持ちかけてきた。正月以来、カルタがお気に入りの様子。
その時は仕事をしていたので、
「ご飯の後ね。」
と約束をして、後回しにした。

     ◆

夕食(ちなみに17時)―風呂―テレビ(子ども)or仕事(両親)という流れで、自分が仕事をしていると、
「そういえばさぁ、お父さんカルタやるって言ってたじゃん。」
ということで、次男も入れたカルタ勝負開始!

     ◆

今回、初めて長男と真剣勝負(妻が読み手)。
1枚目、長男。
2枚目、長男。

ここで自分の集中力が一気に高まっていくのを感じた。
言い換えれば危機感を感じた、ということ。

何枚か連続して取ると、長男が泣き始める。
この負けず嫌いは父親譲りだろう。

=====決着=====

長男17枚
次男3枚(妻が取ったもの)
自分24枚

なんとか逃げ切った・・・。

長男、号泣。
親父、高笑い。(大人げない) 許せ、息子。

しかし、近いうちに勝てなくなるだろうなぁ。
なにせまだ相手は年少児。それなのにこの枚数差は何だ。

勝ったと言っても悔しい。
そして、息子の成長はちょっぴりうれしい

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奇景(?)&絶景

昨日のかまくら祭りの帰途、大好きなスポットである、霧しなの工場に立ち寄ることにした。

「立ち寄る」と言っても、かまくら祭りの会場からおよそ1㎞。
時間にしても10分かからない。

ちなみに霧しなでは、そばとそばパスタの試食あり。
売店では、会員限定の生そばや、地酒などが購入可。

     ◆

080210_2霧しなの工場には、すんごい長いつららが。
地面に届きそうで、すだれのようなオブジェ。
思わず記念撮影。





     ◆

080210_3展望ホールからは、うってかわって美しい霊峰、御嶽山。まばゆい陽光に照らされる一面の銀世界に、見事な山のコントラストが抜群だった。こんなときに写真の腕前があれば・・・。う~ん、ないものねだり。ひとまずパチリ。



自分は生まれ育った土地に八ヶ岳。
初任地からも見えた八ヶ岳。(地元の裏側から眺められる)
初任地では浅間山も素晴らしかった。
 (雪山に噴煙が上がっているなんて、なかなか見られない)
前任地では中央アルプスの山並みが。
そして、現任地では、このすばらしい御嶽山が見られる。

地元から眺める富士山も入れると、なんて贅沢な景色の中で過ごすことができているのだろうと思う。

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雪で家族団らん パート2

2月10日(土)

今日も雪とたわむれた1日だった。

開田高原で行われた「かまくら祭り」を見に行った。
かまくらが10棟(個?)あまりあって、自由に中に入ったり、くつろいだりできる。お昼には豚汁や地域食の“すんき”汁のサービスがあり、それらをかまくらに持ち込んで食べることもできた。

他にも、雪山すべりだい、宝探し、たこあげ(雪と関係ないが)、そしてスノーモービル試乗というのもあった。

     ◆

スノーモービルは運転する人がいて、その人に乗せてもらうとばかり思っていたら、自分たちで運転して、そこに子どもを乗せることになっていて、大人である私もうれしかった。

長男と自分は2回も乗ってしまった。

そして、初めは無理だからやめておこうと遠慮させていた次男も乗せてしまった。兄ちゃんが乗っているのを見たら、
「ブーブ、ブーブ(乗りたい)!」
とぐずってしまったためだ。

乗せたら段差で顔をハンドルにぶつけて大泣きしたけれど、それはそれは良き思い出。全長約1㎞のコースをうれしそうに走りきった。
080210


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雪で家族団らん

2月9日(土)

家族総出で勤務校の校庭へ。
それまでに降った雪がまだまだ残っていて、広い校庭にはまだ誰も足を踏み入れていない場所もあった。

息子達はもちろんのこと、我々両親もスキーウエアをばっちり着込んで、いざ雪遊び開始!!

長男はさすがに雪に慣れていて、あっちこっち動き回る。
次男は慣れない雪に戸惑い気味。すぐに「だっこ。」

     ◆

しばらくすると、2人でそりを取り合ったり、長男は朝礼台(指揮台)から飛び降りたりと、雪遊びを満喫。次男も慣れてきたら、両親なんかそっちのけで動き回っていた。

その後、子どもたちをそりに乗せて引っ張る遊びになり、妻はシャッターチャンスをうかがい、子どもたちは撮られたくなかったから顔を背ける、という芸能人vsパパラッチみたいな構図になった。

それでもパチリ。撮られちゃった。
080209






     ◆

昼から雪が降ってきて、やむなく帰宅したけれど、
いやぁ、気持ちよく遊んだ。

こんな雪遊びスポットがあるのに、地域の方はあまり遊びに来ない。なんてもったいないんだろう。

その分、我が家の遊び場になっちゃっているけど。

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「反省」は必要か?

職員会で今年度の「反省」が続いている。
このことについて、自分は正直なところ「?」である。

なぜか?

効率がよくない、それだけの理由。(説得力に欠けるが)

     ◆

学校現場では年度初めに「学校運営計画」を審議する。
各学期ごとに、各係の「反省」が出る。
年度末に再び、各係の「反省」が出る。
3月の春休み中(新年度準備中)に、「学校運営計画」を作る。

という一連のサイクルで活動していると思われる。

     ◆

各学期ごとの「反省」は、直後の学期で行動を具現化するためにはまだ必要だと思うのだが、年度末に「反省」をしても、新年度には職員集団が新しく組織される。そして、その新年度には「反省」が生かされず(忘れ去られて)、毎年同じ「反省」が出てくる・・・。そんな最悪なことさえ起きうる。

じゃあ何のための職員会であり、「反省」なのか?

だから自分は「?」と考えてしまう。

     ◆

確かに反省をすることは大事だと思う。
だったら、年度末に新年度の学校運営計画を作って、その年度末に審議すればいいではないかと考える。そうすれば必然と反省を生かした運営計画が作られるはずだと思う。

そして4月になったら、再度運営計画を審議すればいいじゃないか。職員がかわって、新しい視点から考えられて、よりよくなっていくんじゃないか。
また、3月の新年度準備に、もっと内容のある仕事ができるようになるんじゃないか。こうも考えられる。

     ◆

要するに、「反省」があくまで過去を振り返る「反省」であって、未来につながっていっていないんだな。

こういう点こそ、企業の運営方法を取り入れてみたいなぁ。

実は、「反省」をすごく重視していて、自分の考えのほうが異端だったりするかもしれない。

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新しい国語のドリル

一昨日から国語の授業はじめのドリルを変えた。これまでは杉渕先生@東京の実践を真似て、「○か」の応用編でやってきた。

例えば、「○か」なら
①海の生き物です。
②足が10本です。
  →→→答え:イカ

ここから「○ん」などを経て、言葉のヒントなし(ジェスチャーのみ)の「○る」や「○う」をやってきた。

そして一昨日からニューバージョン。

①漢字です。
②六画です。
③お日様が十個で、この字になります。
④「そう」とも読みます。
⑤似ている字は「くさ」です。

分かる子は分かる。ただ、求めているのはそれではない。
目標は「全員が答えをわかること」。(『学び合い』の考えです)
要するに、正答が分かった子は、何らかの形で「全員が」わかるように活動しなければならない。

幸い、質問タイムがある。そこで子どもたちがどうしたか・・・。

・(教室に掲示してある)1年生の漢字表では、どんな字の近くにありますか?
・「草」の字の中にかくれていますか?
・その漢字には送り仮名がつきますか?
    (訓読みしか学習していないため)
・他の漢字では何に似ていますか?
・1年生の漢字表で、その漢字の隣にある字は何ですか?
・その漢字は、漢字表では右から何番目にありますか?

などなどの質問が出された。もちろん、正答を知っている子どもたちから出された質問だった。



これまでに漢字を多く覚えた1年生。
さらに力をつけてほしいと願っての新しいドリル。

「早く」子どもたちに問題をつくらせようと思う。
きっと面白いヒントを見つけることだろう。

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祖父の誕生日

自分にとって2月は「生」と「死」を思い起こされる月だ。

      ◆

昨日2月5日は祖父の誕生日。
と言っても、15年ほど前に亡くなった。

自分はじいちゃん子・ばあちゃん子だったので、相撲が好きだったり、野球が好きだったりするのは、きっと2人が大きく影響を与えていると思う。

そして毎年、祖父が亡くなった日のことを思い出す。

      ◆

12月20日。中学3年の三者面談。
面談を終えて、母と歩いて帰宅する。
祖父母の家は帰宅途中にあり、その日も母から「おじいちゃんに会っていく?」と聞かれた。
自分は「今日はいい。」と返事をしてそのまま帰った。

その日の夕方。祖母から一本の電話。
小雪が舞う中、急いで祖父母の家に向かった。

祖父が少し傾斜をつけた電動ベッドの上で、宙を仰ぐように、そして口を開けて止まっていた。そう、まさに動きが止まっていた、ただそれだけのように見えた。

母が祖父のことを
「お父さん」
と呼ぶのを初めて聞いた。その時は叫んでいたが。

祖母は自分がご飯を食べさせていた時でもあったので、「自分がいけなかったのでは」と、責任を感じているようだった。

そして自分は、生まれて初めて「死」というものを知った。

      ◆

「会いたいと 想うときに 親はなし」だったかな?
後悔先に立たず、でもいいのだけれど、後から悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない想いが残る。

あのとき「会っていく?」と聞かれて会っていけば、あの日、じいちゃんは死んでいなかったかもしれないし、そうでなくても看取れたかもしれない。

そんな考えを巡らせて、1週間ぐらいずっと、一人、夜の布団の中ですすり泣いた。

      ◆

来週2月13日は次男の誕生日。
祖父の命日とは対照的な日だった。

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ガングリオン その後

土曜日に治療した膝のガングリオン。

翌日にはすっかり痛みもとれて、普通に歩いたり、走ったりすることができた。普通の生活を送れるということがこんなにも幸せがことだなんて・・・。

たまに思うことだけど、当たり前が当たり前にできることに感謝。

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鬼は~外、福は~外?

昨日は節分。

ちびまる子ちゃんやサザエさんを見たら、豆まきの話があり、息子達もだんだん節分モードに気持ちが切り替わっていた。

さぁ、いざ、豆まき。

      ◆

家族で鬼をつくらず、4人全員で外や屋内に向けて豆をまく。
夜の7時過ぎの町内に、
「鬼は~外!」
という長男のでっかい声が響き渡る。

続けて次男。
「・・・っと!」
来年になったら上手に言えるかもしれないね。

雪がしんしんと降り続ける外に向かって、豆を思いっきりまいた。
そして、
「福は~内!」
と言いながら長男が豆を外に放り投げる。

えっ、外???

おいおい幸せを外に放り出さないでくれ、とあわてて止める。
少しは理解したようである。

      ◆

それにしても、今年は福豆が中国産でないか確かめるのに時間を要して、購入するのに大変だった。

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ガングリオン

ここ2週間ぐらい、ずっと右膝の痛みに耐えてきた。
風邪で発熱して治ったところ、まともに歩けないほどの痛みになってしまった。これなら木曜日に欠勤した際に通院すればよかった。

というのも、郡内に土曜日もやっている病院(整形外科)がない。
しかたなく、峠を越えてI市へ。

      ◆

レントゲンでは骨に異常なし。(きれいな骨でした)
「ひょっとしたら、ガングリオンかも・・・。」

ガングリオン?????

膝に痛み止めの注射をして、さらに太い注射針をぶすっと刺して、
抜いて抜いて抜いて抜いて・・・・・・・・・・、

お医者さん「あっ、出てきた出てきた。これこれ。」

と言って見せてくれた、ゼリー状の物体。
そいつが“ガングリオン”なんだそうな。

いろいろと話をうかがうと、ガングリオンを抜いてしばらくすると痛みもとれるらしい。しかし、再びできることもあるそうで、それが数回続くようなら手術が必要とのこと。

      ◆

帰宅後、ネットで検索してみると、やはり手術が最終的な治療法らしい。「簡単な」手術らしいが、手術は手術。その言葉にたじろぐばかり。

しかも、ガングリオンができるのは手首や足(“脚”ではない)が一般的で、膝のことはあまり検索してもヒットしない。


う~~~~~ん、ひとまず痛みがひくことを願おう。
そして、再発しないことを祈ろう。

手術はイヤだ。

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12 『奇跡と呼ばれた学校』

風邪で臥せっているとき一気に読んだ、
『奇跡と呼ばれた学校 ~国公立大合格者30倍のひみつ~』(荒瀬克己、朝日新書)。

amazonの書評を見ると、それぞれの評価があるけれども、それらを織り込み済みで書かれていると思った。

確かに、高校受験制度が変わって、京都府全域から生徒が集まるようになったとはいえ、ここまで劇的な変化を遂げることは難しいだろう。生徒本来の力を引き出した学校関係者、そして、生徒たち自身の努力の賜と言える。

ただ、ここでいう「努力」とは受験勉強のためのものではなく、学校カリキュラムを構成し、それを実践していく「努力」と思う。

筆者も述べているように、学びたいことがあるから“探究”する。もっと学びたいと欲したときに、それが実現可能な学校はどこか生徒が調べ、そこに入学するためには受験を突破しないといけないから受験勉強をする、というサイクルが、筆者が校長を務める堀川高校にはある。

なんと自然な「努力」のサイクルだろうと思った。

自分は子どもたちにこのように感じさせる実践をしてきたか。
多分、答えはNoだ。

今からでも遅くはない。

今までは「力をつける」ことを第一義としてやってきた。
心に「火をつける」ことを目指して、自分の役割を考えていきたい。

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11 『学び合う教室』

風邪で仕事を休んでいる間に、少しは本が読めた。
まずは、
『学び合う教室~教師としての学習者、プロデューサーとしての教師の学習臨床学的分析』(西川純、東洋館出版社)

冬休み中にたっぷり本を読んだけれども、仕事には直接関係のない本ばかり。ようやく頭の中が仕事モードになってきた現れでもあるのだろう。

      ◆

さて、読んでみての感想。

「働きバチの理論」というのを『ドラゴン桜』で読んだが、今回の本では「ハチ」ではなく「アリ」の話が出ている。

どちらでもいいのだが、その集団の中で20%が懸命に働き、他は怠けている。しかし、「怠けている」のではなく、20%が働くがために、働かなくとも何とかなるのであって、「怠けている」モノで集団を構成すると、やはり20%がよく働き、怠けるモノが出てくる。

逆も真なりで、働くモノで集団をつくると、やはり同様の結果になる。

これを学校現場にあてはめてみると、本の中で挙げられているように理科の実験場面で、実験を主に進める生徒、何もしない生徒と分かれる。

しかし、実際は「誰もやらないから自分がやる」しかなくて実験を進める生徒もいれば、「誰かがやってくれる」から自分は何もしない生徒もいる。

本書の言葉を借りれば、
『個々のアリが勤勉・怠惰なのではなく、社会的関係の中で決定される』のだ。

      ◆

では、学校ではどうすればいいか。

グルーピングや当番決めの時に、どういう組み合わせにすればいいのか考える、というのがすぐに思い浮かぶ。

それもいいが、『学び合い』で子どもたちに委ねる、という発想もありではないか。いやむしろ、『学び合い』で「みんなが~できるようになる」という目標を立てた方がいいのではないか。

という、考えに至った。

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