« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »

2007年12月

1年のしめくくり

今日は大晦日。ブログもしめくくりだ。

今年はブログを始めたほかに、『学び合い』を本格実施したり、勤務地も変わったり、と様々な変化が自分にはあった。

来年はどうなるだろう?楽観主義でいきたいと思う。

さしあたって、年明けはもう一つブログを開設する予定。
これも変化のための1つのステップ。

拙い本ブログをご覧いただいた方々、
ありがとうございました。

細々とやっているにも関わらず、多いときに10人もの方に見ていただくブログになりました。ただただ感謝です。

新年は、どこまで更新できるかわかりませんが、モブログ等で可能な限り自分の日常を綴ろうと思います。

多くの方々に、そして自分の家族に・・・。
「良いお年をお迎え下さい。」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

『いま私たちが考えるべきこと』

昨日は大そうじパート2をやっつけて、すぐに雪遊びへに移行。
長男は近所の女の子とミニかまくら作りに興じる。

P1000643

そんなこんなで昼食後は子どもたちの寝かしつけ。
と思ったら、自分が寝かしつけてもらった。

2時間ぐっすり。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

さて、昨日読んだ本は『いま私たちが考えるべきこと』(橋本治、新潮文庫)。一言で感想を述べると・・・、

※☆+◆…△-÷●◎な、なんとなく、わかるような気が…。

になる。

はじめはよくわからなかったけれども、なんとなくわかった気がしてくる作品。そうはいっても自分がこの本を選んだのは<11「個性」とは哀しいものである>を読みたかったため。

教育に携わるものとして、「個性的である」という言葉はできるだけ使わないようにしている。通知票しかり、保護者との懇談しかり。

というのも、「個性的」という言葉には否定イメージがつきまとうと自分では考えてきたからだ。そもそも「個性を伸ばす」という言葉自体、好きではない。「個性を伸ばす」ことは、学校の目指す方向ではないと考えてきた。

前置きが長くなったけれども、『いま私たちが~』を読んで、胸につかえてきたものがすっきりとれた気がする。

筆者は「個性的」と言われること久しいらしいが、やはりマイナスイメージで受け止めている。文中では「差別になる手前で踏み止まった、侮蔑を曖昧にする止揚表現」と著している。

最後に、とても考えさせられた言葉の紹介。

「だがしかし、学校教育というものは、そもそも『一般性』を目指すもので、個性とは別である。<中略>『学校教育は一般性の担当に終始すればいい』と言えるのは、学校の外に『個性を伸ばせる場』があってのことである。<中略>学校の『個性を伸ばす教育』を目指さざるをえないのは、つまるところ、もう学校の外に『個性を伸ばす教育』が起こらなくなってしまったからである。」

どこまで学校は、その受け持つ仕事を増やさなければいけないのだろう・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

職業病?

現在、深夜。
テレビ(東海地方のテレビ局)で映画“Stand By Me”をやっている。

中学生のときに(テレビで)見たこの映画。なぜか大すきで何回も繰り返してみたし、原作も読んだ。テレビをつけっぱなしにしていたものだから、映画が始まったときには「おおっっ!」と思ったのも束の間、リバー・フェニックスの声(吹き替え)が異様に甲高い。他の‘悪友’も高い。

正直、がっかり。

自分が見慣れていたものに比べると、ずいぶんと子どもっぽく感じるのだが・・・。世間の「子ども観」が変わってきているんじゃないか、とふと思った。

「子ども」が「大人」へと変わっていく、まさにそのちょうど過渡期を描いている映画だと勝手に考えている自分にとって、この甲高い声ではただの小学生だよ!とつっこんでしまいたくなる。

そんなに今の子どもたちって、幼く見えるのかなぁ。

しかも、そうやって考えてしまう自分って、職業病にかかっているんじゃないのかなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『仕事の80%は月曜日に終わらせる!』

昨日は午前中に大そうじパート1。
部屋のすす払いのような、ホコリ落としが終了。

昼食をとって、子どもたちを寝かしつけたら一気にやる気が落ちて読書モードへ。

『仕事の80%は月曜日に終わらせる!』(中島孝志、プレジデント社)を読了。『朝4時起きの仕事術』を3年ほど前に読んでから、筆者のブログを見てきた。いつもは同業者のブログしか見ないので、貴重な情報源となっている。

さて、本著は一般企業に勤める人に向けて書かれているけれども、教員にとっても月曜日の過ごし方は大事だと思っている。

教員の場合は月曜日というよりも、前週の金曜日から土日にかけて準備しておくことたくさんあるような気がする。

例えば授業の見通しをたてること。
宿題の見通しも立てること。
研究会や職員会の資料を用意すること。

などなど。

これらを週初めの月曜日に終わっていたら、1週間は余裕で乗り切れるだろう。

ただ筆者は営業職の人は2週間というスパンでアポ取りをするといい、と述べているように、教員の世界でも2週間を見通して予定を立てられれば、もっと効率よく仕事を進められるだろうな、という感想を持った。

さてさて、今日は朝から雪。

子どもたちが大そうじをそこそこに外で雪遊びを熱望しており、パソコンの横でわめいている。一緒に雪遊びを楽しんじゃおうかと思います。

無事に年が越せるかどうか、やや不安・・・。

| | コメント (0)

『先生はえらい』

昨日は終日の日直当番で仕事がはかどった。
あとは年末年始にどれだけ進められるかだ。

さて、タイトルにある『先生はえらい』(内田樹、ちくまプリマー新書)を3日ほど前に読み終えた。内田樹氏の本は『下流志向』に続いて2冊目。普段からブログは見ているので、なんとなくスタイルはわかっていたつもりだったけれども、歯ごたえのある文章にアゴがつかれてしまった。

別に、学校の先生は多忙で、生徒指導に追われていて大変だ、がんばっているなぁという教師礼賛の本ではないことを確認する必要がある。

コミュニケーション論として、かなり面白い。

かつてのベストセラー『バカの壁』と共通している部分もあるのでは、と感じた。『バカの壁』は、理解しようという意思をストップさせてしまうそれこそが「壁」である、という内容だった気がする。

それに対して『先生はえらい』では、自分が学びたい、「おや?」と思ったとき、相手が誰であろうとその相手が「先生」になる、という内容だった。

理解をストップさせるところに焦点をあてた前者と、理解しようとするところに焦点をあてた後者。

言わんとしていることは同じなんだろうな。

| | コメント (0)

2学期終了

昨日で長かった2学期も終了。
今日は日直当番のため学校へ。

3学期の準備をいろいろとやっておくためにも、
今日の日直当番は好都合。

○授業実践事例の作成
○授業用ノートの発注
○人権教育実践報告
○音読カード作成
○書き初め展準備
○賞状印刷
○転入生に関わる諸々の準備
・・・などなど

書き出してみると色々とあるもんだ。

ブログは備忘録として使えるな。

| | コメント (0)

なぜ?

今日のアクセス数が通常の数十倍!(いつもは3~10)

細々とやってきているだけに、驚きです。

また、ドッキリしていて、怖くもあります。

この変化はなぜでしょうか?

どなたか教えてください。

| | コメント (0)

「転」

<学級通信「ぼちぼちいこか」より>

清水寺で書かれた字は「偽」でした。
私は何も偽っているつもりはありませんが、
8ヶ月終えてみていかがだったでしょうか?

私の個人的な一字は「転」です。

「転勤」「転居」「転換」「転機」いろんな「転」がありました。
なかなか機転を利かすことができなかったのが残念でしたが、
クラスがうまいこと回転しているかも、
と少し安心しています。
これがコロコロ転げ落ちて暗転しないよう気をつけたいです。

来年は平成20年、早いものですね。私は30代に入ります。
来年こそ転換点のような気がしますが、
まずは目の前のことを一生懸命やっていこうと思います。

みなさまには何かとお世話になりましたが、
新年もよろしくお願いいたします。

それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。

  ・・・引用終了・・・

来年は「深」にしたいなぁ。『学び合い』を深めたい。
その第一歩として、
『学び合い』のカテゴリーを別ブログに移そうかと思う。
自分一人ではどうしようもない段階にいる気がする。

早ければ年明け早々にでも開設したい。

と、いうわけで、このブログは一般的な(?)仕事通信に加え、
読書記録、子育て記録、家庭菜園記録になるのでは。

これはこれで継続していきたい。

さて、これから3学期終業式。
夜はゆっくり飲むぞ。

| | コメント (4)

ネットと包丁の共通性

今日は職員講話。(校長講話ならぬ職員講話が本校にはある)
担当は自分。

かねてから教頭から情報教育に関わる指導が必要だと言われていたので、係主任である自分が講話と情報モラル教育を兼ねて受け持つことになった。

拙いながらも、備忘録として残しておこうと思う。

<流れ>
1)ドラゴンボールの“ベジータ”の画像紹介
2)“ベジータ”と自分の似ているところは?
   (「共通」という語の意味を確認する)
   (ちなみに、富士額(びたい)というのが共通している)
3)“ベジータ”の画像をネットで検索したところから、
 ネットの便利さを知る。
  ①好きなお笑い芸人を検索する。(小嶋よしお)
  ②自分がよく見るブログを見せる。(友人のブログ)
  ③仕事関係で見るブログは、どこの都道府県か。
   色を塗った白地図を見てその多様性を知る。
4)包丁を見せる。ネットと包丁の共通性とは?
  ①包丁は料理に欠かせない。→便利な道具
  ②包丁は凶器にもなる。→危険な道具
5)恣意的に作成したブログを見せる。
 (悪質なコメントが寄せられているブログを作っておいた)
6)2004年に起きた、長崎・佐世保小6殺害事件の概要を話す。
  ①小学生が起こした事件であること
  ②犯行を決意させる一因となったのが、HPへの書き込み
   であったこと
7)ネットとどう付き合うのか考える
  ①危険なものにもなりえるネットとどのように付き合うか
    →使わない
    →親と一緒に使う
  ②ケガをしたら親に処置してもらうのと同様に、
   ネットでイヤな思いをしたら、必ず大人に相談すること
8)ケータイもネットにつなげられる道具であることの確認

こうして記録してみると、盛り沢山すぎたなぁと反省。(15分間が講話の時間だった。)

ただ、子どもたちがベジータや小島よしおで盛り上がった場面から、ネットの危険性を知るところ(特にブログへのコメントを読み上げた場面)では引きつった(ように見えた)表情で話を聞いてくれるようになり、それなりに内容の深刻さは受け止めてもらえたかもしれない。

そもそもネットと包丁を比較することがどうなのか、という議論はあるだろう。

自分にとって、両者は同じくらい便利であり、凶器にもなりえる危険な道具である。要はその使い方であって、使い慣れていない人はやはり大人と一緒に使っていくことが大事だろうし、万が一事が起きたら必ず大人に処置してもらうという点も似ていると思い、講話で取り上げることにした。

年末年始休みの間に、そして、休みが終わってからも、ネットいじめが起きないことを祈りたい。

| | コメント (0)

係活動

2学期も残り3日となった昨日。
3連休明け、しかもX'masということで、朝から盛り上がっていた。

そんな中、2学期から始めた係活動の成長が見られる場面があった。その係の児童の成長の2学期であったようにも思う。

1学期、なにかと指導されることもあったAくん。
2学期の係決めで保健係となった。

主な仕事は朝の健康観察カードを廊下に掲示すること。
体重測定などのときに整列させて保健室へ先導すること。
冬期間、休み時間に換気をすること、などだった。

それが昨日、

「お話ししてもいいですか。」
 (ウチのクラスのお約束フレーズ。
  何か言いたいときに「しゃべるよ~。」という合図)
「みんな、うがいをしてください。」

と呼びかけをした。

場面としては清掃終了後で、窓を開けていたのですっかり湿度が下がってしまっていたときだった。教室にある湿温計(?)で湿度が“風邪注意”の黄色ゾーンになっているのにAくんが気づいたか、誰か他の人が気づいてAくんに教えたか定かではないが、そんなことはどうでもいい。Aくんが「呼びかけた」という事実そのものが自分にとって重大だった。

惜しむらくは、そのときに声をかけてあげられなかったこと。

全校一斉大そうじの後だったので、清掃主任である立場上、せかせかと動き回っていた。それでも「その場」をおさえて「認める」べき一瞬だった。

明日の学級通信に載せて、朝の会で忘れずに全体に広めよう。
これは絶対に忘れちゃならん。

| | コメント (0)

予想外・・・。

5時55分、長男起床。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
「サンタさんがきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」

と、いうわけで、プレゼントを持って居間へ。

「お父さん、開けて。」

というわけで、開封。

「お父さん、つけて。」

と、いうわけで、接続、装着。(仮面ライダーのベルト)

「お父さん、これどうするの?」

と、いうわけで、説明。

仕事ができないじゃん!!

こんなことになるとは・・・。
予想外と言えばそうだけど、考えてみれば当然かも。

迂闊だった。

| | コメント (0)

和洋折衷

昨日はクリスマスイブ。我が家では年賀状制作とクリスマスケーキ作りが同時進行で行われた。子どもたちは専らケーキ作りで、自分一人が年賀状作り。

それにしても不思議な光景だと思う。

かたや日本古来(古来かどうかわからないけれど)の挨拶状を作り、かたや欧米的な年末の過ごし方をしている。

韓国でもこんなかんじなのかなぁ。

今年はまだ子どもが4歳だから、年賀状を一緒に書くということはないけれども(お友達数人に出すらしいが)、もう2・3年したら年賀状を一緒に書くことをしたいなぁ。ケーキ作りは母親と、年賀状は父親と、ってなかんじで母性・父性が両方とも伝わればいい。今は母性ばっかりな気がする。

こんなことを綴っておいておかしなものだけど、昨夜は長男と一緒に風呂に入り、いつもなら母親じゃなきゃやらない洗髪も、
「サンタさんが見たら、プレゼントを余計にくれるかもよ。」
とうまいこと言って、自分とやらせることに成功。

勢いをかって、サッと着替えて、歯みがきもいつも以上に頑張っていたから、仕上げみがきが短時間で済んだ。

そしてさらに、寝床で一緒に絵本を読んで、そのまま同じ布団で就寝、というなんとも珍しい夜になった。自分も一緒に寝てしまって、我が家のサンタは女性だったけれど・・・。

こんな夜になったのは、クリスマスのおかげだな、きっと。

| | コメント (0)

休日という休日

昨日は車で1時間弱のM市へ。

吉野家で昼食。たまにはこんなランチも良し。
ユニクロ、スポーツショップとショッピング。
M駅隣のMIDORIでブラブラしてから、PARCOへ。

途上、嫁さんの元教え子一家に遭遇。

“教え子”といっても、幼稚園勤務時代以来、実に5・6年ぶりなだけに、当の子どもの方はうろ覚えの様子。親御さんとしばし話をしてからお別れ。

まさかM市の道ばたで会うとは・・・。奇遇。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

PARCOでは息子たちに絵本のプレゼント。
『だるまちゃんととらのこちゃん』(かこさとし、福音館書店)
『にんじんばたけのパピプペポ』(かこさとし、偕成社)
『イソップ物語①②』(永岡書店)
を購入。

最近は、かこさとしさんの絵本にこだわって買っている。
イヤな言葉を使っていないし、絵も昔ながらなほのぼのしている雰囲気で好きだ。安心して読める絵本だと思う。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

最後はPARCOの隣にある開運堂でソフトクリームを食べて帰路。
ちなみにこのソフトクリーム、ロボットが作ってくれる。
味は行くたびに違うから、「今日は何だろう?」という楽しみもある。(昨日はストロベリー。今日、明日はシャンパンとのこと。さすがクリスマス)

そんなこんなで一日終了。

家族そろって9時30分には眠りに落ちていましたとさ。

| | コメント (0)

『子ども家畜論』

色々な方のブログを見ていると、ほとんどの自治体は昨日から“冬休み”のようで、なんともうらやましい限りです。
ウチの自治体はあと3日の登校日が・・・。そして、新年は9日が始業式。それでも遅いような気がする。多分、8日に始業式をする所もあるのでは・・・。
他をうらやんでも仕方がないのだけど、休みがほしいなぁ。

さて、昨日は『子ども家畜論』(小川義男、祥伝社)を読み終えた。

過激なタイトルの通り、自分のような人間が思っていても言えないような考えがふんだんに盛り込まれている。

その一方で、子どもへの深い愛情がひしひしと伝わってくる。そして、教育界を良くしたいという熱い想いも伝わってくる。

まず子どもには「服従する心」を、と提案しているのは、子どもたちに“生徒させる”ことを教えることに似ているなぁと思う。たとえ『学び合い』であろうと、子どもたちが好き勝手なことをしてしまったら、それは学級崩壊へまっしぐらだと思う。『学び合い』だからこそ、“生徒する”ことを、それこそ“植え付ける”ぐらいの気持ちでいないといけないかもしれない。決して「何もしない」ことが『学び合い』ではないよなぁ。

また、著者は最後に、

「『夜明け前がいちばん暗い』と言う。不安でもあろうが、学校を信頼していただきたい。大丈夫だ。教育は、どうか教師に任せていただきたい。そのため、全国の校長、教師たちは本来の教育理念に立ち戻り、この国難に立ち向かおうとしているのである。」(235ページ)

と記している。下線部はなんて心強い言葉であり、身が引き締まる言葉だろう。このページ直前では家庭教育にコメントしているだけに、なんでもかんでも学校が請け負うと言っているのではない。それでも、「大丈夫だ。教育は、どうか教師に任せていただきたい。」と言い切ることで、是が非でも頑張らなくては!と思えてくるのはなぜだろう。

面白い教育書だった。

| | コメント (0)

ケータイ代

あぁ、1週間が終わった。
今日からノープランの3連休。し・あ・わ・せ。

さて、たまにはどーでもいいネタを。
備忘録でもある。

一昨日、我が家にDoCoMoからケータイの封筒が来た。
今月の請求額は6200円弱。
一人ではない、嫁さんと2人でこの金額。

これって、いろんな意味でスゴイと思う。

まずは、ほとんど使っていないという点。
次に何のためにケータイを持っているのか、という疑問点。
最後に、このご時世でケータイ代がかかっていない点。

節約していると言えばしている。
たとえば、留守番サービスや着メロサービスは解除した。

でも一番は、一大事が起きていない平々凡々な毎日を過ごしているということだろうな。なんて幸せなんでしょう。

| | コメント (0)

『なぜ、理科は難しいと言われるのか?』

『なぜ、理科は難しいと言われるのか?』(西川純、東洋館出版社)を読み終えた。

サブタイトルに「教師が教えていると思っているものと学習者が本当に学んでいるものの認知的研究」とあるが、まさに教師と学習者の間にある「溝」を知らしめる内容だった。

特に第8章「子どもが見ているもの、教師が見せているとおもってるもの」は自分の中にストンと落ちた。実際に子どもたちに教えているからこそ、「あるある」と思わずツッコミをいれたくなることが満載だった。

自分はこれまでの経験上、学力テストが「できる」子は“適当”に考えることができる子で、「できない」子は問題文や問われていることを“適当”に考えられずに“ごく真面目”に捉えてしまう子ではないかと考えてきた。

“要領”と言ってもいいかもしれない。

ただ、人として好感が持てるのは、案外後者だったりする。

本題に戻そう。

本の最後、第12章「今後の展開」に『学び合い』の目指すところがあると感じた。勝手に解釈している“自分”の目指すところかもしれない。

<120ページより引用>
新しい教室文化を育てようとする点である。その大きな特徴は、課題達成のみを目的とするのではなく、その課題達成のためにコミュニケーションを成立させることを目的とする。

「わからない」なら「教えてぇ。」と言えること、そして友だちが理解できるように説明できることが自分の目指す子どもの姿である。

これからは『学びあう教室』(西川純、東洋館出版社)を読む予定。
ちなみに平行して『子ども家畜論』(小川義男、祥伝社)も進行中。

| | コメント (0)

無邪気さ

昨日はクラスで泣きそうになった。
そんなこと初めてのことだ。
うれし涙ならともかく、悲しさ。

きっかけは子どもの無邪気さ。

子どもたちに自分が感じたことを「語った」。
真剣なまなざしで聞いてくれる子が多かった(と思われる)。

教師が指示をしない『学び合い』では、子どもたちの「地」が出るのは当然だと思うし、それを出させたいという想いはあるけれど、彼らの無邪気さがときに自分を悲しくさせる。昨日はその最たる場面だった。

また、そんな無邪気さをコントロールして、人のために尽くそうとしてくれる子もいて、そのうれしさと他の子の無邪気さからもたらされた悲しさとのギャップが大きすぎて、子どもたちに「語る」ときに、涙声になった。

だからといって、『学び合い』をやめるつもりはないんだけど。

| | コメント (2)

子どものやる気

先週の金曜日に行われた漢字テストで3点だった子が、
昨日、漢字の練習ノートを学校に持ってきていた。

本人も考えるところがあったんだろう。

「お兄ちゃんがやっているから」(小5:筆ペンで漢字練習)との
理由で縦8マス×横6マスのオーソドックスな練習ノートを
自分から買ってもらうようにお願いしたらしい。

なぜ持ってきていたことがわかったか。

休み時間に漢字練習をしていたからである。

とてもとてもうれしい出来事だった。
お家の人がどう受け止めたか知りたい。

| | コメント (0)

「大きなこと」

長崎・佐世保の銃乱射事件に関して、どうにもこうにも想いが募ることがあったので、ブログに残しておきたい。

Yahoo!のトップページに見出しがあった、

「乱射容疑者『大きなことできる』」の
「大きなこと」がとても引っかかった。
(詳細は毎日新聞WEBをご覧下さい。)
http://mainichi.jp/select/jiken/sasebohappou/news/20071218k0000e040086000c.html

「大きなこと」って、何でしょう?

新聞に顔や名前が載ることでしょうか?

それとも、一攫千金でしょうか?

去年か一昨年あたりに鍵山秀三郎さんの『凡事徹底』()を読んだ。細かな記述までは覚えていないのだけれど、当たり前のことを当たり前にできることこそが美しいのであり、それが「大きなこと」だと感じた。

実は、この『凡事徹底』を読む前に、ネットで鍵山さんのことや本のことを調べてみた。その中に以下のように書かれているものがあった。(うろ覚えです。該当のHP作成者の方、スミマセン)

==========================

~鍵山さんがどこか外国だったか(中国だったような)、日本のどこかで講演をしたときのエピソード~

質問者「私は大きなことを成し遂げたい。鍵山さんのように、道に落ちているゴミを毎日拾い続けることが大きなことにつながるとは、あまり思えない。」

鍵山氏「では、あなたは大勢の人が通る往来で、道に落ちているゴミを拾うことができますか?」

==========================

この会話はあくまでも記憶の片隅にあるものだが、自分はこれを読んだときに「う~~~~ん。」と唸りたくなる気持ちになった。

大金をかせぐ、有名人になる、という類の次元を超えた、人としての「大きさ」のようなものを感じたのを覚えている。

だからこそ、どうしても『凡事徹底』が読みたくなり、できることなら鍵山さんに学校のPTA講演会という小さな集まりにでもお越しいただきたいと、ずーーーっと思っている。

そして、学校では清掃をすごく大事にしている(つもりでいる)。

ひるがえって、佐世保の事件の容疑者の(言ったと思われる)「大きなことができる」というコメント。これがどうしても解せない。

彼が受けてきた「教育」において、きっと誰かが鍵山さんのエピソードに似たことを伝えているはずだ。それが無いとしたら、可哀想だ。
また、彼があんなこと(と言っては被害者の方に申し訳ないが)で「大きなことができる」と思うに至ったのはなぜなのか、そう思うようになってしまったことこそが可哀想でならない。

別に加害者を同情しているわけではない。むしろ憤りすぎて、哀れみを抱いているといった方が正しいのだと思う。

こういう悲惨な報道を知るたびに、自分の関わってきた子どもたちがこのような事件の加害者や被害者になってほしくないなぁと思う。

そこんところが、鍵山さんと違って自分のちっぽけなところだ。

| | コメント (0)

「みんなで誤解を強めよう!」

『なぜ、理科は難しいと言われるのか?」(西川純、東洋館出版社)を少しずつ読んでいる。僭越ながら、そこから感想を。

昨日、第5章“何が概念獲得の障害となっているのか”を読んだ。
そこで「誤解」が扱われている。

自分も授業をしていて、同感なところがある。

今、算数では繰り下がりのある引き算の全36問のプリントをやらせている。これはもう「やらせている」のであって、子どもたちが自主的に選んだ教材ではない。だからこそ、少しは自分で「がんばるぞ!」と思わせたいと思って、結果をグラフにまとめている。

36問を解くのにかかった時間、誤答数を記録しているので、右肩下がりで計算が速くなっていたり、誤答が0に近づいたりと、1年生でも「下がったぁ!」と喜んでいる。もちろん、使うプリントは毎日同じプリント。それを担任が採点。プリントが終わった子から、周りに迷惑をかけないように教科書を見て、問題を解く、という流れになっている。

さて、そのプリントをやらせてみて、面白いことに気づいた。

一人の子のプリントを6~7回分並べてみると、児童Aは毎回同じ問題に同じ誤答を書いている。例えば、14-6=9のように。それが1つではなく、5・6カ所あったりするから、なお興味深い。

また児童Bは、毎回のように別々の問題を間違えている。今日は(3)、その前は(15)というように。時折、同じ(3)を間違えていたりするけれども、その答えは以前と同じではない。例えば14-6=9だったのが、14-6=7のように。

どちらの子が改善が早いかというと、前者、児童Aの方が早かった。単に間違えて「覚えている」と思われるので、正しい解を「覚え直す」のか、意識するのかわからないけれども、確実に解くのにかかる時間と誤答数は短期間で減る。(減った)

児童Bは、引き算そのものの解法の定着が不十分なのかもしれないと思っている。その証拠に、時折急激に解くのにかかる時間が増えたり、誤答数が2~3倍になることがある。

『なぜ、理科は~』を読んで、“強い”誤解の有無の重要性を納得しながら読んだ。しかも、どうすれば誤解を強められるのかもあり、興味深かった。

| | コメント (0)

漢字テストその10

土曜日、保護者との懇親会で調子に乗りすぎ、日曜ダウン。
日本酒、ワイン(白)、ワイン(赤)、ビール、なんでもござれ状態。
さすがに半日つぶれてしまった。

というわけで、再び(常態化?)家庭内で父親の威厳が低下。

威厳をとりもどすべく、まずは早めの帰宅。
こんな方法しかとれない自分が悲しい。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

さて、金曜日の漢字テストの詳細です。
以下、学級通信「ぼちぼちいこか」より引用。

<引用開始>

金曜日、漢字スキル⑫⑬のテストを実施しました。
10点(満点)が5人、9点が3人、8点が5人、7点が1人、6点が2人、3点が1人という結果でした。ちなみに平均は8.2点でした。

主な間違いとして送りがなのミスがあげられます。
間違い全31例のうち、送りがなを書かなかったり、間違えた送りがな(例:早やい)を書いたりしたのが12例でした。逆に言うと、漢字自体は正しく書けていたとも捉えられます。

次に多かったのは、“ストーブに「火」をつける”の「火」を「日」と書いたものでした。これは4例ありました。また、「おや?」と思ったものに、「正月」を「学校」と書いた子が2人。などなど、細かいものはきりがありません。

今回の結果を受けて、子どもたちがどのような“分析”をして、これからの学習に生かすのか、そのあたりが興味深いところです。

<引用終了>

というわけで、目標達成ならず。残念、ガックシ。
子どもたちがどう受け止めたかな?

前回テスト前の練習では、「友だちに教える」という意識は強くて、テストで3点だった子も、一人の男の子に、
「そんなこと(テスト練習)やってないで、誰かに教えなきゃ。」
と言われるまま、スキルを閉じて立ち歩きを始めた。

テスト点はオープンにしてあるので、次回はこの子と、男の子との関わり合いがどうなるかが見もの。「見もの」って感じでゆるやかに構えている自分がいいのかわからないけれども・・・。

でも、次回が復習テストだから、前回3点の子がどう挽回するか、そこに期待してみてもいいのではないかと思う。(保護者の方、ご辛抱下さい。)

| | コメント (2)

1週間無事終了!

今日はのんびりブログ更新。
昨日で保護者懇談会も終了し、これから年末に向けてスパート。

また、昨日は漢字テストも行った。やや停滞気味の結果。
こちらは明日あたりアップする予定。

今日は本当にゆっくりできた。

昨夜から今朝にかけて9時間も寝て、
昼間は新聞を読むのに時間をかけて、
朝食後は雪が降る中家族総出で散歩して、
おいなりさんを作って食べて、
やっぱり家族全員で昼寝して(2時間半)、
今に至る。

来週も仕事ががんばれそう。

| | コメント (2)

『学び合い』をひろげる

保護者懇談も今日が最終。これで気持ちが一気に楽になるぞ。

さて、そんな懇談のまっただ中に、学級通信で『学び合い』の様子をどんどんお知らせしてきている。
セミナーに参加したこと。
そのことでもっと『学び合い』をやってみたいと思っていること。
授業中の子どもたちの声、姿、関わり合い。
などなど。

懇談会でも話題になることが多く、懇談の“ネタ”に困らない。
今週の学級通信(ちなみに毎日発行)で『学び合い』のことを報告してきて、早速の反応が返ってきていることがうれしい。

今のところなのか、直接顔をあわせているからなのか、
批判的な意見が聞かれない。
「家で自分から漢字練習している。」
「自由に質問できるのって、いいですよね。」

特に昨日は“同業”の方と懇談して、
「私はよくわかっていませんけど、色々なやり方を試していただいていいと思いますよ。どんな教育にもよい面、悪い面があるのは当たり前ですから・・・。」
という言葉をいただいた。

そこでふと考えた。

『学び合い』の悪い面はなんだろう?
“劇薬”と称されているところか?
気が抜けないところか?

いずれ見えてくることなんだろうな。ちょっと怖いけど。

今のところ、休み時間終了を待たずに授業を始めるから、
ゆっくりしていられないことだけかな?

「先生、早くしてください。」

まだ4分も休み時間あるけど、いいんですか?

「いいんです!」

はい・・・。

| | コメント (4)

道徳で『学び合い』その2

一昨日の道徳の課題は、

①はるかちゃんの気持ちを考えて、みんなが書くことができる。
②授業の感想を書く。

この2点だった。(①には理由も必ず書くようにした)

☆★

さて、児童Aはどうしたかというと、「はじめよう」の声にすぐに反応して、ワークシートに自分の考えをスラスラ書いていった。約5分ほどで完了。それからサッと立って、立ち歩き開始。

児童Bは、まず自分でゆっくり教材文を読み返した。それからワークシートに考えと理由を記入。もう一つの記入欄に移る前に、別のページを読み返す。やはり、その後に記入。

児童Bには、自分の方から、
「自分で書いたんだね。他の人はどう思っているのかな?」
と話しかけたところ、立ち上がって、ウロウロし始めた。
いつも一緒に『学び合う』子の近くへ行ったら、その隣の子も入って、3人でなにやら議論を始めた。

授業の感想の紹介。

児童A ちょっと難しかったけど、楽しかったです。
児童B 難しかったです。
ついでに別の子も。
児童C 最初はなんて書こうかわからなかったけど、○○さんの
     紙を見て、自分の考えを書けてよかったです。

これだけではわかりづらいところもあったので、授業後に、自己評価をきちんと書かせてみた。すると、

児童A 評価○:一人で考えて書いたからです。
児童B 評価○:あんまり上手に教えられなかったからです。
児童C 評価○:△△くんにしか相談ができなかったからです。
          それにお友達の紙を見に行って、なんにも
          相談をしなかったからです。

とのこと。

『学び合う』という意識はひろがりつつあるのかなぁ、という実感をつかむとともに、これらを次回に生かすために、可視化として紹介しようかなぁと思った。

| | コメント (2)

道徳で『学び合い』

土曜日のセミナーに刺激を受けて、
道徳で『学び合い』を試してみることにした。

それが昨日。

反省としては、
①記述すべきことが多すぎて、『学びあう』時間が確保が不十分
②道徳性を高める課題であったか疑問が残る

特に、②は自分の道徳に対する甘さというか、教材研究の不徹底さを痛感。これまでなんとなく子どもたちに発言させて、その発言を受けて「どう思う?」と尋ね返して(ときには揺さぶって)、教師が少し話をして・・・、という授業が多かった。それで良しとしてきたけれども、『学び合い』では課題設定だけしたら子どもたちに任せるだけに、肝心要の課題が教材の持つ価値から離れていたりしたら、1時間の充実度が変わってくる。

『学び合い』をしようと思ったら、これまで以上の教材研究が必要。
しかも、学習指導要領を見る機会も増えそうだ。

さてさて、とりとめのつかない反省を述べてても仕方がない。
子どもたちの様子はというと・・・。
(時間切れ 続きは今夜か明日へ。)

| | コメント (2)

漢字テストその9

昨日は漢字テストの日。
これまで何回もブログにその様子を伝えてきた。

昨日の平均点は9.1点。ついに平均が9点台に乗った。
しかし、「全員が8点以上」という目標は達成できなかった。
あと一人!という段階まできた。しかもその子は7点。

これまで同様に振り返りを行った。すると、

「先生が言っていたように、これまでのやり方だと目標が達成できていなかったのだから、違うやり方を試せばよかった。」
「もっと○○さん(7点の子)のペースに合わせて教えればいい。」
「○○さんはスキル10の練習に時間をかけていて、11は最後までしっかりできなかったから、その様子を見たときに『間に合うの?』と声をかけてあげればよかった。」

と、こちらが予想だにしない答えが返ってきた。

「もっと練習すればよかった。」
「家にスキルを持ち帰ってやればよかった。」
「○○さんが友だちにもっと聞いて練習すればよかった。」
などを自分は予想していた。

しかし、子どもたちは担任の思惑以上に、○○さんのことをわかっているようだったし、「○○さんのペースに合わせて・・・」などという意見は大人顔負けではないか。しかも、そのペースでは最後まで終わらなかったことにも子どもたちは気づいている。(「おっ、大丈夫か?間に合うか?」という自分の可視化を意識した声もあったが・・・)

そろそろ目標達成が近づいてくるといいが・・・。
年内に達成できるといいな。

次回テストは今週金曜日予定!

| | コメント (0)

通知票

今日から保護者懇談会。
勤務校では懇談会の折に、通知票もお渡しする。
そのため、2学期は通知票に所見欄がない。

これはこれで苦労が少なくていいのかもしれないが、
保護者の方にしてみれば、所見がないぶん、何をどのように評価されているのかわからないだろうと思う。
特に本県は、5段階評定ではない。何が◎で、何が○で、どのような理由で△なのかは不明だろう。

そこで、毎日記録している座席表をおこしてみることにした。
座席表は毎日の行動や学習の記録を表してあるので、
友だち関係だとか、誰が誰と音読練習したとか、一目瞭然。

しかも、

『学び合い』の考えに則って授業をするようになってから、
記録が劇的に増えた。

それらを一人ひとり時系列にワープロに打ち始めた。

これは大変な作業だけれど、面白い。
懇談会で子どもたちの良さをたくさん伝えられる。
もちろん改善点も。

大変な作業であるなら、これからは毎月最終日に、など日を決めて行う作業にすれば学期末にあわてて作業することもない。
さらには、要録でもたくさん子どもの成長を書ける。

| | コメント (0)

臨時収入

金曜日、職員旅行の残金が戻ってきた。
おかげで、昨日上越教育大に行った折に本を買うことができた。

3冊買ってしまった。

今日から通知票をつけなくてはならないのに・・・。
本を読むためにがんばって仕事しよう。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

大学生協が開いていて、フラッと立ち寄った。
『学び合い』に関する本が並べられていて、うらやましかった。

普通はアマゾンに注文しないと、地方の本屋では買えない。
さすがは上越教育大!

| | コメント (2)

いざっ!

思い立って臨床教科教育学セミナーに出席します!
『学び合い』をもっと勉強したい、ただそれだけの理由です。
今から車ぶっ飛ばして上越まで行ってきます。

では!!!

☆★☆★☆★☆★☆ 追記です ☆★☆★☆★☆★☆

先ほど上越から帰ってきました。
片道3時間弱。最寄りのインターチェンジから高速に乗れば、
おそらく2時間30分かからないと思う。

近くはないけれども、遠くもない。
まさに『学び合い』の道のりと同じ。

・・・そんなうまいことまとめても仕方がないんだけど。

さて、臨床教科教育学セミナーだけれども、
「こういう研究もあるんだぁ。」
というのが正直な感想だった。
自分がいかに色々なことを知らなすぎるかを知った1日だった。

さらに印象的だったのが、修士以上を持っている方々の眼。

現職教員や学部生、院生の発表を聞いている間、
表情を変えずにジッと発表者を見据えて「何か」を考えていた。
少なくとも自分にはそのように見えた。

「何か」が何なのか、それが知りたかった。
多分『学び合い』を深く経験して、自分なんかより数倍もの思考の「引き出し」を持っているからこそ、あの「眼」があるのだろう。

自分はまずは『学び合い』の初期段階を深めること。
今日1日を通して、自分は「可視化」が弱いなぁと感じた。
上越からの、その“おみやげ”をしっかり子どもたちに贈ろう。

| | コメント (1)

読解力ってなんだろう?

今年もPISAの結果が出た。読解力やら数学的リテラシーやら、
前回同様に低下傾向にあるという。

教育現場では「言語力の向上」という方向に進みつつある。
なんだか頭が混乱しそうだ。

新聞に載っていた例題を見てみたけれども、
読解力をはかる問題では、文学的作品を読む日本の国語の勉強では解けない問題だった。記事にもそのように書かれていた。
本を沢山読めばいいというよりも、新聞を毎日読む方が大事なのではないかと思った。

読解力と言えば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、

今日、子どもたちに文章題を出した。

「チャボが小屋の中に4羽います。小屋の外に7羽います。
ぜんぶで何羽ですか。」

この問題はできた。ところが、

「チャボが小屋の中に5羽います。小屋の外に8羽います。
3人でつかまえて小屋に入れました。
チャボは全部で何羽ですか?」

になると、素直に5+8は出てこない。
8-3とか、13-3とかになってしまう。

つまり、

子どもは文意を読み取っているのではなく、
問題に出てくる数字を並べ替えているだけなのだ。

これって、読解力を要するんじゃないか?って、ふと考えた。

また、話は変わって、
子どもたちの話すことは、すごく貧弱だなぁと思うこともある。

例えば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、

給食中に「先生お腹痛い。」と言う子がいる。
でも、「お腹が痛いので、(給食を)減らしてください。」とか、
「お腹が痛いので、残したいです。」など、自分の意思を伝えることを言う子はほとんどいない。
自分は意地悪なので、
「お腹が痛いのはわかった。で、どうしたいの?」
と聞き返す。すると、答えられる子はまだいいほうで、大半は答えられなくなってしまう。こうなると、“なんてイヤな奴だ”と思われる自分がいる。

日本語って、いや、日本人って昔から相手の思いを慮る習慣があるから、「お腹が痛い」と言われれば配慮するのが普通なのかもしれない。
でも「お腹が痛い」はあくまでも報告であって、自分の考えはどこにあるんだ!と問い返したくなる。こんな自分が自分で嫌いになるときもあるけど・・・。

読解力を伸ばしたいなら、まずは自分の話すことから鍛えていかないといけないんじゃないか?それができなければ、文章や設問の意図することなんか理解できるはずないじゃん。

自分の気持ちを語れない者が、相手の想いを語れるはずがない。

| | コメント (0)

金欠

突然だが、10月頃から金欠状況が続いている。
原因はまぁ色々あるにしても、どこに響くか。

本が買えないことにつながる。

自分が自由に使えるお金は、半分以上は書籍代。
結局、そこを削ることでしかしのげない。

何がキツイって、読みたい本がすぐに買えないストレス。
これまでの「積ん読」がどんなに贅沢だったか・・・。
おかげ学び合い関係の本もまだ読めていないし、
読みたいと思う本のリストだけが増えていく。
余計にストレスになる。

金欠スパイラルとでも言えばいいのか。

今は仕方がないから「審議のまとめ」を読んでいる。
別に真面目なわけではない。
そんなんでも、何か読んでいたいんだ。

あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

地域に図書館さえあれば好きなだけ無料で読めるのに。

悔しい・・・。

切ない・・・。

| | コメント (0)

ツリー作り

毎年恒例、ではないが2年に一度ぐらいは必ず行っている、
松ぼっくりツリー作り。

今年もやってみた。

この前やったのは2年前の中学2年生が相手だったなぁ。
学年の足並みをそろえず、勝手にやってしまい、
主任から「2組だけずるいなぁ」と言われてしまったが・・・。

今年は単級、しかも小1。
生活科という教科内でも身近な材料を使って、
堂々と制作活動をすることができる。

というわけで、松ぼっくりとヨーグルトのカップを接着した画像。

071204_4_3

今年は一手間かける時間があったので、
カップに色を施した。
本当は松ぼっくりもゴールドにしたかった。

ここからボンドと楊枝でビーズをつけていく。
細かい作業なので真剣にやっていた。
そんなに黙らなくてもいいのに…、と思ったが、
満足そうな表情が担任としてうれしかった。

あまった松ぼっくりやカップがあり、
「学校でお世話になっている人にあげたいけれど。」
という話をしたら、6年生にプレゼントすることになった。
手紙や折り紙、絵手紙や絵も添えたいという要望があった。

生活科らしく人との関わりが生まれそうだ。

| | コメント (0)

漢字テストその8

昨日は約束していた漢字テスト。結果は・・・・・・・・・・・。

残念。「全員が8点以上」の目標突破ならず。

強がりのようになってしまうかもしれないけれど、
前回までと内容が確実に違う。

今回は、字形にもさらに気を配れるようになってほしいという願いが生じたため、採点をこれまで以上に厳しいものにした。例えば、「山」という字は3本の縦の線があるけれども、その線が同じ長さになっているものは×、「日」という字の横線がはみ出していたら×などなど。

子どもたちにも「厳しく見るからね」とは言っておいたため、
テスト返却の時にも素直に受け入れられていたと思う。(多分)

目標達成のための最大の障壁は担任の採点基準かもしれない。
でも、これがブレることは最悪だよなぁとも思う。
まずはこの基準でも子どもたちが突破することを信じよう。

ちなみに平均は8.9点。
でももっと子どもたちの変化を感じたのは、返却したとき。

すみもん「残念ながら目標達成できませんでした。」
     「では返します。○○くん。・・・△△さん。」

と返すとき、「イエーイ、10点だぁ!」「やった、9点!」といった
声があまり聞かれなくなったこと。
もちろん、前回7点だった子が今回は満点をとって喜んでいる姿はあったけれども、自分の点数だけで喜ぶ姿というのは少なくなった。
それ以上に、8点に届かなかった子を探して、どこが違っていたのかを見つけようとする姿が見られるようになった。

毎度のことだけれど、
子どもたちが毎回変わってきている。

| | コメント (1)

体調管理

昨日の夕方、“休日”と題した記事を投稿した後、
16時30分頃就寝。

どうにもこうにも気持ちが悪くて、横になったら寝てしまった。

17時15分起床。そして夕飯。んでもって17時40分就寝。

そうしたら朝の3時までグッスリ。汗びっしょり。
しかも、仕事の夢で起こされるという始末。
さらには、子ども(クラスの子)の名前を寝言で叫んでしまう。

先週の職員旅行の疲れが出たのか、それとも日頃の疲れか。
疲れるほど仕事をしていない気もするのだけれど、
知らず知らずのうちに蓄積しているんだろうな。

自分の場合はとにかく寝ないと身体がもたない。
趣味「昼寝」と豪語しているけど、
休日の日は少なくとも2時間は昼寝しないと平日に影響が出る。
そういえば最近、昼寝してなかった。

家族にしてみたら、ゴロゴロしてばかりの父ちゃんだから、
すんごい迷惑だと思うけど。

長男なんて、
「お父さん、起きて歯を磨いてから寝ないとダメだよ。」
と枕元で諭してくる。

すんません、それどころじゃなかったんですぅ。

| | コメント (0)

休日

昨日今日は何も予定のない週末。
しかし、悲しいかな、朝4時半に起床。
やはり習慣というのはすごいことだ。

ところが、

そのまま布団に入っていたら、そのまま寝付いてしまった。
やはり身体は疲れていたのか・・・。
インフルエンザの予防接種をしてから、微熱が続いていて、
しっかり休養をとることができた。

さて、のんびりとした休日。

子どもたちと勤務校の校庭に歩いていって、
ジャングルジムやらすべり台を楽しむ、、、、、、、、

妻。

自分はというと、暖かい日差しに眠気が勝てず昼寝。

帰ってきてからは、これまたのんびりテレビ鑑賞。
今年のJリーグの結末は・・・、すごかった。

夜は夜で、のんびりと。
最近買った「わたるがぴゅん!」を読もうと思ったら、
子どもたちに占領された。
P1000573

読み方も父親そっくり。
目を悪くするぞー。

| | コメント (0)

漢字テストその7

昨日はテスト前最後の漢字練習。一昨日の最後に、

「前回の練習では全員が8点以上をとることができなかった。ということは、前回と同じことをしていては今回も目標は達成できないかもしれないということ。じゃあ、何か変えていかないといけないんじゃない?」

と話してあった。

練習終了。

最後振り返りで、前回と今回違ったことを聞いた。

○前は決まった人にしか教えていなかったけど、
  今回は色々な人に教えることができた。
○前はテストに出てくる漢字が終わったら、まだ習っていない字
  (ひとつ先の単元の漢字)を練習していたけど、
  今回はそれをやらなかった。
○国語のノートを使って漢字練習をした。
○△△くんに丁寧に教えてあげることができた。
○前はわからないことがあっても言えなかったけど、
  「わからない」と言えるようになった。

などが自発的に出てきた。

また、「先生見て。」と練習した字がびっしり書かれた練習帳を持ってきた子がいた。その子には、
「たくさん書いた字でマルがもらえるかな?マルがもらえるかどうかは、どうやれば確認できるの?」
と尋ねた。

すると、教室に掲示してある1年生の新出漢字一覧表の前に行き、一文字ずつ確認し始めた。それはそれで認めつつ、全体に話したら、
「友だちに見せればいい!」
との即答。

少しずつの変化がやはり見られる。

| | コメント (0)

« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »